Re: 娼婦の心理
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/11/07 14:01 投稿番号: [61220 / 66577]
>どうでもよいことですがちょっと横から
いえ、大切なことだと思います。
>幕府も(秀吉も)天皇の為政を代行というのは形だけでそういう形をとる方が幕府にとって政権維持に都合よかったからではないでしょうか?天皇をつぶした方がよいような状況でしたらつぶしていたかも知れないと思います。生かすか殺すかを決める力は幕府にあったと思います。
勿論その通りです。だからそれが形だけという所以です。幕府が出来る前から、天皇は主権者ではあっても実権は持っていませんでしたよ。蘇我入鹿や平清盛が実権を握っていても、名目は常に天皇の臣下という形を採っていました。
>
>では、日本では何故天皇の為政を代行という形を取った方がよかったかという理由は、日本が単一民族、農耕民族、島国で孤立していたなどなどの、歴史的地理的要因によってそういう国民性が形成されたのではないかと思います。
そう言う面はあるでしょう。大きな戦をする時、仕掛ける側は天皇の勅を頂き、それを口実に朝敵を成敗するという形を採っています。天皇はその理非を判断しているわけではなく、勅を出さざるを得ない立場に置かれていたと言うことです。しかし、日本の歴史上、為政者の誰一人として、天皇を排除すると考えた者は居ませんでした。信長でさえ、最初こそ足利将軍を支えましたが役に立たないとなると、遠慮会釈無く滅亡させています。その信長でも天皇は排除しようとは思いませんでした。日本の歴史に於いて、天皇が主権者であったのは明治時代まで名目上そうでしょうが、実権を握っていた時代はほとんど無いと思われます。つまり、天皇は政、即ち祭祀の神官であり、政治は神の意志で行われるという事だったのでしょう。
幸い、日本の神様はしち面倒くさいことを言って人間を縛り付けなかったので、世界でも珍しい穏やかな文化をはぐくんできたと思われます。
おっしゃるとおり孤立した島国で、気候も穏やかで豊かな自然に恵まれ、外敵もなく単一民族で数千年存在し続けた国など、日本以外皆無と言っていいでしょう。だからこそ、神様も厳しいことを言わずに済んだんだと思いますよ。それは、日本にとって大変な幸運だったと思われます。
>余談ですが、
>
>あの時の詳しい状況は知りませんが、あの戦争の時も天皇に主権があったのではなく、まわりの連中に利用されただけのような気がします。
そうですね。天皇は開戦に最後まで反対していたし、終戦時降伏を決意したのはやはり天皇です。開戦に反対だったのにその意思が通せなかったのは天皇にその実権がなかったから。だから、とうじ天皇を廃し別の天皇をたてるという計画もあった、また天皇自身命の危険もあったというのが史実です。
日本が降伏する決断も、誰もがそうすべきだと思っていたにも拘わらず、戦争をしてきた立場上、それを口に出来なかっただけ。だから天皇の御聖断と言う形を採ったに過ぎません。つまりは天皇の意思が反映した結果ではなかったのです。但し、天皇自身が戦争終結を望んでいたのは事実でしょう。
>天皇を神として崇めたのはそうする方が軍国主義体制に都合よかったからではないでしょうか?
形だけすけれどね。結局、開戦した責任、敗戦との責任を天皇の責任にすり替えたと言うことでしょうね。天皇自身、それを知っていながら、自ら引き受けたと言うことです。
>また、日本が焦土と化すまで戦うと叫んでいた軍部を天皇が抑えることが出来たのは日本にとって幸いでした。
従って、天皇が軍部を押さえたというのは少し違うと思います。結局は押さえがたい国民の厭戦気分でしょう。軍部がそれに抗しきれなかったからだと思っています。
いえ、大切なことだと思います。
>幕府も(秀吉も)天皇の為政を代行というのは形だけでそういう形をとる方が幕府にとって政権維持に都合よかったからではないでしょうか?天皇をつぶした方がよいような状況でしたらつぶしていたかも知れないと思います。生かすか殺すかを決める力は幕府にあったと思います。
勿論その通りです。だからそれが形だけという所以です。幕府が出来る前から、天皇は主権者ではあっても実権は持っていませんでしたよ。蘇我入鹿や平清盛が実権を握っていても、名目は常に天皇の臣下という形を採っていました。
>
>では、日本では何故天皇の為政を代行という形を取った方がよかったかという理由は、日本が単一民族、農耕民族、島国で孤立していたなどなどの、歴史的地理的要因によってそういう国民性が形成されたのではないかと思います。
そう言う面はあるでしょう。大きな戦をする時、仕掛ける側は天皇の勅を頂き、それを口実に朝敵を成敗するという形を採っています。天皇はその理非を判断しているわけではなく、勅を出さざるを得ない立場に置かれていたと言うことです。しかし、日本の歴史上、為政者の誰一人として、天皇を排除すると考えた者は居ませんでした。信長でさえ、最初こそ足利将軍を支えましたが役に立たないとなると、遠慮会釈無く滅亡させています。その信長でも天皇は排除しようとは思いませんでした。日本の歴史に於いて、天皇が主権者であったのは明治時代まで名目上そうでしょうが、実権を握っていた時代はほとんど無いと思われます。つまり、天皇は政、即ち祭祀の神官であり、政治は神の意志で行われるという事だったのでしょう。
幸い、日本の神様はしち面倒くさいことを言って人間を縛り付けなかったので、世界でも珍しい穏やかな文化をはぐくんできたと思われます。
おっしゃるとおり孤立した島国で、気候も穏やかで豊かな自然に恵まれ、外敵もなく単一民族で数千年存在し続けた国など、日本以外皆無と言っていいでしょう。だからこそ、神様も厳しいことを言わずに済んだんだと思いますよ。それは、日本にとって大変な幸運だったと思われます。
>余談ですが、
>
>あの時の詳しい状況は知りませんが、あの戦争の時も天皇に主権があったのではなく、まわりの連中に利用されただけのような気がします。
そうですね。天皇は開戦に最後まで反対していたし、終戦時降伏を決意したのはやはり天皇です。開戦に反対だったのにその意思が通せなかったのは天皇にその実権がなかったから。だから、とうじ天皇を廃し別の天皇をたてるという計画もあった、また天皇自身命の危険もあったというのが史実です。
日本が降伏する決断も、誰もがそうすべきだと思っていたにも拘わらず、戦争をしてきた立場上、それを口に出来なかっただけ。だから天皇の御聖断と言う形を採ったに過ぎません。つまりは天皇の意思が反映した結果ではなかったのです。但し、天皇自身が戦争終結を望んでいたのは事実でしょう。
>天皇を神として崇めたのはそうする方が軍国主義体制に都合よかったからではないでしょうか?
形だけすけれどね。結局、開戦した責任、敗戦との責任を天皇の責任にすり替えたと言うことでしょうね。天皇自身、それを知っていながら、自ら引き受けたと言うことです。
>また、日本が焦土と化すまで戦うと叫んでいた軍部を天皇が抑えることが出来たのは日本にとって幸いでした。
従って、天皇が軍部を押さえたというのは少し違うと思います。結局は押さえがたい国民の厭戦気分でしょう。軍部がそれに抗しきれなかったからだと思っています。
これは メッセージ 61213 (yaseinomiryoku さん)への返信です.
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