Re: 六千人の命のビザ
投稿者: yaseinomiryoku 投稿日時: 2006/10/24 07:54 投稿番号: [60476 / 66577]
sjfwn407 さん、追加説明ありがとうございました。
役人が外務省の命令に背いてビザを発給することがどういうことか
勿論十分理解していたのでしょう。
まさに自分の職、将来を懸けてユダヤ人の命を救つたのでしょう。
そして外務省から追放された。
欧米に比べて人権問題について比較的後進国の日本が
このような人を生んだと言うのは我々にとってうれしいことです。
>杉原はこの善行について一切語らず、そして、それが元で外務省から追放される。救われた人たちは、必死に杉原に会いたいと探すがその願いはかなわず。外人には発音しにくいと、名前を「センポ」と教えていたため。
イスラエル政府は、1985年、『諸国民の中の正義の人賞』を授与。死の前年のことだった。
名前を「センポ」としていても、杉原という氏はわかっていたのでしょうし、
リトアニアで何年にビザを発給していたと言えば
いくら外務省でも調べればわかるのではないでしょうか?
外務省の対応は意図的な気がします。
「日本外務省にはSENPO
SUGIHARAという外交官は過去においても現在においても存在しない」と回答したのは事実であり、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%8D%83%E7%95%9Dこれらについて当の外務省は1991年10月、外務省の鈴木宗男政務次官(当時)が幸子未亡人を招いて日本政府の対応について「謝罪」している。
1969年にイスラエル政府から勲章を授与された後、1985年には同国政府より日本人として初めてヤド・バシェム賞を受賞し、「諸国民の中の正義の人」に列せられる。現在でもエルサレムの丘にそのときの顕彰碑が建っている。日本のシンドラーとも呼ばれる。
日本外務省の外交資料館に、「勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝氏を讃えて」と記した杉原千畝顕彰碑が作られ、2000年10月10日の除幕式にはイスラエル及びリトアニア各臨時代理大使、当時の河野外相、鈴木宗男、杉原幸子夫人らが参列している。
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これは メッセージ 60431 (sjfwn407 さん)への返信です.
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