onlyさんへ
投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/07/12 15:40 投稿番号: [5924 / 66577]
横レスです。
別に他意はありませんが、誤解を防ぐために。。。
この言葉の意味は小林氏の創作ではありません。 恐らく台湾人ならば余程の若者を除き、殆ど知っているでしょう。 だからといって、現時点でこれを大陸側への揶揄で使用する人がどれほどいるかわかりませんが、日本時代を知る台湾人と話をする際には、よく出てくる言葉であり解釈だと思います。(まあ、国民党政権への嫌味ですね。)
当時日本時代には、台湾人に対する二等国民扱いなど、一定の差別があったのも事実ですが、それでもルールがきちんと守られていた(私利私欲に基づく官権の横暴が少なかった)ので、日本人の公私のけじめに対する、懐古意識がかなり強いようです(あくまでその時代を知る人に限る。)。 「日本時代は辛かった。」と仰る方は同時に「(現代の若者や国民党への揶揄も含めて)日本時代の方が良かった。」とも仰います。
しかしそれ以降の年代は、国民党独裁によって、きわめて厳重な教育および情報管理や白色テロが行われたおかげで、そういった過去を知る(もしくは肌身に感じる)人があまりいなくなったようです。 逆に「袖の下文化」や「差不多文化」に汚染された人を量産する結果となったようです。(今でもいますよ、コネや金で法を捻じ曲げようとする輩) そして、そういった文化は、経済の上昇期には何とか問題にならずに済みますが、民主化の進行や、経済の停滞(もしくは低迷)期になると、不満も含めた個人の発言権が強くなるので、一気に問題視されるようになります。 あまり詳しくは語れませんが、私が関わる業界でもそういった傾向は顕著です。(例えば国営事業の予算の何割かが、とある方法でどこかへ消えてゆくのであれば、予算の原資となる税金を納めている国民はどう思うか?)
少し脱線しましたが、光復当時追い詰められた国民党の焦りが有ったのも事実だとは思いますが、私は「国民党軍の暴徒化」ではなく、「法治が人治を受け入れられなかった」ことに重点があると思います。(結局暴力に屈しますが。)
で、「狗」の解釈ですが、その当時を知る方々のお話を聞いていると、「狗」には「主人(公=法)に忠実=滅私奉公」という意味合いの方が強いように思われます。 もちろんそれを受け入れられなかった人達が、ONLYさんの仰る(最低の)意味で使われることもあったかもしれませんが、私の知る限りでは、この言葉を使われる方が、猪>狗の意識でお話されることは皆無です。
大陸にて商売に精を出す台湾の壮年世代(台湾で商売がし辛くなった人達も含めて)が、比較的国民党贔屓なのも、またそれに警鐘を鳴らすのが比較的老年層であるのも、そういった歴史の経緯と無関係ではないと思います。
小林氏の書籍。 私は導き出された結論には、若干の疑問を感じますが、途中の彼が台湾で得た経験に対する解釈には、的を得ているものの方が多いと思います。 もちろんONLYさんの仰る「複数の立場にある本から収集」は全くその通りだと思いますよ。
この言葉の意味は小林氏の創作ではありません。 恐らく台湾人ならば余程の若者を除き、殆ど知っているでしょう。 だからといって、現時点でこれを大陸側への揶揄で使用する人がどれほどいるかわかりませんが、日本時代を知る台湾人と話をする際には、よく出てくる言葉であり解釈だと思います。(まあ、国民党政権への嫌味ですね。)
当時日本時代には、台湾人に対する二等国民扱いなど、一定の差別があったのも事実ですが、それでもルールがきちんと守られていた(私利私欲に基づく官権の横暴が少なかった)ので、日本人の公私のけじめに対する、懐古意識がかなり強いようです(あくまでその時代を知る人に限る。)。 「日本時代は辛かった。」と仰る方は同時に「(現代の若者や国民党への揶揄も含めて)日本時代の方が良かった。」とも仰います。
しかしそれ以降の年代は、国民党独裁によって、きわめて厳重な教育および情報管理や白色テロが行われたおかげで、そういった過去を知る(もしくは肌身に感じる)人があまりいなくなったようです。 逆に「袖の下文化」や「差不多文化」に汚染された人を量産する結果となったようです。(今でもいますよ、コネや金で法を捻じ曲げようとする輩) そして、そういった文化は、経済の上昇期には何とか問題にならずに済みますが、民主化の進行や、経済の停滞(もしくは低迷)期になると、不満も含めた個人の発言権が強くなるので、一気に問題視されるようになります。 あまり詳しくは語れませんが、私が関わる業界でもそういった傾向は顕著です。(例えば国営事業の予算の何割かが、とある方法でどこかへ消えてゆくのであれば、予算の原資となる税金を納めている国民はどう思うか?)
少し脱線しましたが、光復当時追い詰められた国民党の焦りが有ったのも事実だとは思いますが、私は「国民党軍の暴徒化」ではなく、「法治が人治を受け入れられなかった」ことに重点があると思います。(結局暴力に屈しますが。)
で、「狗」の解釈ですが、その当時を知る方々のお話を聞いていると、「狗」には「主人(公=法)に忠実=滅私奉公」という意味合いの方が強いように思われます。 もちろんそれを受け入れられなかった人達が、ONLYさんの仰る(最低の)意味で使われることもあったかもしれませんが、私の知る限りでは、この言葉を使われる方が、猪>狗の意識でお話されることは皆無です。
大陸にて商売に精を出す台湾の壮年世代(台湾で商売がし辛くなった人達も含めて)が、比較的国民党贔屓なのも、またそれに警鐘を鳴らすのが比較的老年層であるのも、そういった歴史の経緯と無関係ではないと思います。
小林氏の書籍。 私は導き出された結論には、若干の疑問を感じますが、途中の彼が台湾で得た経験に対する解釈には、的を得ているものの方が多いと思います。 もちろんONLYさんの仰る「複数の立場にある本から収集」は全くその通りだと思いますよ。
これは メッセージ 5922 (onlyabird さん)への返信です.
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