中国

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Re: 某氏の無知

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/08/23 20:31 投稿番号: [58737 / 66577]
プーハオ君のいつものやり方だが、何とかして視線をずらそうとしているらしい。

清国が日本よりも早く西欧に学んだというその内容と結果が問題なのだ。

プーハオ君の言う李鴻章も

「中国ノ文武制度ハ事事ニ遠ク西人ノ上ニ出デテ、独リ火器ノ万(けっし)テ及ブ能ワザルノミ。・・・・・・中国ガ自強スルヲ欲サバ、則チ外国ノ利器ヲ学習スルニ如クハ莫ク、外国ノ利器ヲ学習スルヲ欲サバ制器ノ器ヲ覓(もと)ムルニ如クハ莫シ。其ノ法ヲ師(マナ)ブモ、尽(ことごと)クハ其ノ人ヲ用イルヲ必セズ」

総理衙門宛書簡   1864年

と言っている。つまり、中国は利器では西欧に劣るのでそれを学ぶべしということで軍を近代化した。これが洋務運動。

以下、プーハオ君の言うとおりだが、問題はそれが功を奏しなかったと言うことだ。

一方、日本が開国した当時、日本こそ正しく中華の道を伝える国であるとのいわゆる小中華思想が日本には盛んであった。水戸学を中心とした考え方が尊皇の主流であり、日本は他から学ぶ物は無いという考え方だ。これが明治維新の際の大義名分として利用された。

しかし明治維新が成功してしまうと、その方法として利用された小中華思想はあっさり捨てられ、結局は脱亜論が主流を占めた。日本の下地は決して中華思想ではなく、常に海外に目を向け、学ぶべきは学ぶという姿勢を常に持ち続けていたからだ。

だからこそ、日本の守るべき物をきちんと守り続け、近代化を成し遂げながら一方千年もの伝統を守ってもいるという独特の形を今に至るまで守っている。
辛亥革命から文革に至るまで中国の古い文化も全て捨て去ってしまった中国とは対比を為す。

日本のそんな姿勢は、当時、明治天皇自らが西欧の工業技術のみならず制度をも積極的に採り入れる姿勢を持っていたことからも分かる。当時多くの日本人が海外視察に出ては最新の事情を持ち帰り、また多くの外国人を法外な金で雇い入れ日本の近代化に努めている。彼等を師として遇している。

それらの外国人達は、日本人の向学心と西欧に対する素直な姿勢に一様に驚いている。

一方清国では西欧の便法は学ぶが中華の土壌は決して捨てず、つまり中体西用でしかなかった。

この日中の違いは今も全く同じだ。

プーハオ君のお話に感心する便器君は中学生か?根本問題は何かを自分でも考えたまえ。
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