Re: お話・・共匪
投稿者: tokyo_made_otearai_benki 投稿日時: 2006/08/08 11:53 投稿番号: [58046 / 66577]
>>むかし・・1980年頃だから文化大革命が終焉して数年の時期、日本人も中国を旅行できるようになり、私もお仕事をもらって幾度か中国を訪れた。あの頃の中国・・人も社会も中国の全てが新鮮で、すばらしい経験だった。<<
そうそう。90年代から沢山台湾人は中国の都市と田舎を訪ねた機会が有りました。80年代に当時の中国大陸が未開発の国家でした。
>>当時、台湾にはまだ戒厳令が布かれ、国民党独裁政権の時代であり、大陸の人民共和国とは厳しく対立していた。台湾の人が国外に出るのは容易でなかった。<<
そうそう。87年以前に、まだ戒厳令が取消されなかったときに、当時の国民党政権は共産党間諜の滲み込みを恐れたので、一般的な台湾公民は難しく出国旅券を申請できません。
>>みんなは、ホホ〜ゥと云った表情で私を眺め、そして、やがて、おもむろに、さり気なく訊ねるのだ。「どうでした? 緊張したでしょう。共匪に取り囲まれて自由もないし、共産主義だから窮屈だったんでしょう。あちらは、まだ貧しいし、大変だったでしょう」・・とか。<<
現在の中国は1987年以前の台湾の雰囲気に似ている。偶に共産党の官庁マスコミは台湾沿岸の民衆に「解放台湾」のような宣伝文句を伝えました。逆さに李登輝氏の国民党は益々蒋中正氏や蒋経国氏の「反攻大陸」の遺志を放棄した政策を取りました。
>>「そんなにボロボロじゃないですよ。素朴で質素だけれど、街の雰囲気も、人の感じも台北と似たようなものですよ。大した違いはないみたい・・」・・と、本当に正直に、ありのままを語った。<<
然し、中国の田舎で住んでいる田舎者は未だ襤褸で貧乏な状況を解決できません。我々の台湾農民は基本的に生活品質を維持できます。
>>「共産党の国は酷(ひど)いところで、不自由で、我々に比べたら数十年も遅れた感じで、ここで暮らす人民は可哀そう・・」とかなんとか。私が、もし、そう言ったなら、彼らはきっと「さもあらん、やっぱりそうか」と思って納得し、気を良くしたかも知れない。<<
現在の共産党政体は未だ台湾の民主選挙のレベルに達しません。独裁共産党の政権は800枚の地対地ミサイルを台湾に照準し続けます。其れは友好の態度ではありません。
>>台湾のお友達に、共産中国の有りのままの姿をいろいろ語って聞かせたのだが、結局、「ウソ」はつけなかった。あれから二十数年の歳月が流れ、台湾のお友達は、今や私の何十倍も詳しく中国のことを知っている。知っているどころか、ある者は今や中国で働いているのだ。<<
勿論、沢山台湾の商売者や企業家は中国で工場を建設して、中国内部の状況を十分に知っています。
>>彼らは私に「中国に対する日本人の見解」を聞くのだ。時に私が偉そうに語っても、彼らはフムフムと真面目に聴いてくれるから嬉しくなっちゃう。<<
人々は違う鏡で中国の面貌の印象を得ることができます。
>>台湾の夏の太陽は頭上から照り付けています。それなのに台湾の人は、禿(は)げのオヤジでも帽子をかぶりませんね。暑さにやられて倒れないよう、健康に気をつけて・・<<
日本の植民地時代で多くの台湾の伯父さんは西洋帽子を被ったことがあります。今まで、若い台湾人の国民は米国、日本における流行のスタイルの帽子を付けることもあります。
そうそう。90年代から沢山台湾人は中国の都市と田舎を訪ねた機会が有りました。80年代に当時の中国大陸が未開発の国家でした。
>>当時、台湾にはまだ戒厳令が布かれ、国民党独裁政権の時代であり、大陸の人民共和国とは厳しく対立していた。台湾の人が国外に出るのは容易でなかった。<<
そうそう。87年以前に、まだ戒厳令が取消されなかったときに、当時の国民党政権は共産党間諜の滲み込みを恐れたので、一般的な台湾公民は難しく出国旅券を申請できません。
>>みんなは、ホホ〜ゥと云った表情で私を眺め、そして、やがて、おもむろに、さり気なく訊ねるのだ。「どうでした? 緊張したでしょう。共匪に取り囲まれて自由もないし、共産主義だから窮屈だったんでしょう。あちらは、まだ貧しいし、大変だったでしょう」・・とか。<<
現在の中国は1987年以前の台湾の雰囲気に似ている。偶に共産党の官庁マスコミは台湾沿岸の民衆に「解放台湾」のような宣伝文句を伝えました。逆さに李登輝氏の国民党は益々蒋中正氏や蒋経国氏の「反攻大陸」の遺志を放棄した政策を取りました。
>>「そんなにボロボロじゃないですよ。素朴で質素だけれど、街の雰囲気も、人の感じも台北と似たようなものですよ。大した違いはないみたい・・」・・と、本当に正直に、ありのままを語った。<<
然し、中国の田舎で住んでいる田舎者は未だ襤褸で貧乏な状況を解決できません。我々の台湾農民は基本的に生活品質を維持できます。
>>「共産党の国は酷(ひど)いところで、不自由で、我々に比べたら数十年も遅れた感じで、ここで暮らす人民は可哀そう・・」とかなんとか。私が、もし、そう言ったなら、彼らはきっと「さもあらん、やっぱりそうか」と思って納得し、気を良くしたかも知れない。<<
現在の共産党政体は未だ台湾の民主選挙のレベルに達しません。独裁共産党の政権は800枚の地対地ミサイルを台湾に照準し続けます。其れは友好の態度ではありません。
>>台湾のお友達に、共産中国の有りのままの姿をいろいろ語って聞かせたのだが、結局、「ウソ」はつけなかった。あれから二十数年の歳月が流れ、台湾のお友達は、今や私の何十倍も詳しく中国のことを知っている。知っているどころか、ある者は今や中国で働いているのだ。<<
勿論、沢山台湾の商売者や企業家は中国で工場を建設して、中国内部の状況を十分に知っています。
>>彼らは私に「中国に対する日本人の見解」を聞くのだ。時に私が偉そうに語っても、彼らはフムフムと真面目に聴いてくれるから嬉しくなっちゃう。<<
人々は違う鏡で中国の面貌の印象を得ることができます。
>>台湾の夏の太陽は頭上から照り付けています。それなのに台湾の人は、禿(は)げのオヤジでも帽子をかぶりませんね。暑さにやられて倒れないよう、健康に気をつけて・・<<
日本の植民地時代で多くの台湾の伯父さんは西洋帽子を被ったことがあります。今まで、若い台湾人の国民は米国、日本における流行のスタイルの帽子を付けることもあります。
これは メッセージ 58023 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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