Re:、隔対:nao759kyon 氏
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2006/07/17 12:52 投稿番号: [57022 / 66577]
冗談ですが、君のやり取りは、いつも「隔句対」な気がしますけど。
「隔句対」というのは、障害物の言葉が挟まれてあっても、意味の続きが遮断しないということかな?(語隔而意通)のこと。あくまで意味が通じるかがポイントですね。
「聖王」と「徳行」ほど、緊密な関係ではなくとも、意味の延長線上に矛盾なく、スムーズに読み取れば、それですむのではないかと、思う。
隔句対というのは、この部分だけで確かに判断しにくいところもあろう。後ろの行文を読んでもやはり「隔句対」のような気がする。
>故士莫敢詭俗異禮 , 以自見於國,
>莫敢布惠緩行,修上下之交,以和親於民。
>故莫敢超等踰官、漁利蘇功 。
形式的に整っていない文ですが、A・Bが先に出て、その後にA1・B1乃至A2・B2・A3・B3の形式が続くような構文は、明らかである。こういうのを「隔句対」といわずになんと言おうか?
さて、訳文、いろんな訳文が可能であろうけど。僕はこんな訳をしたい。
>「素晴らしい王の身において、素晴らしき世の時代には、徳行は必ず・・・道義は必ず・・・」
素晴らしき王の身において、ありし素晴らしき世において、徳行は必ず是とする所ありて、道義もまた必ず明らかにせんとする所ある。
道義は、ここで名詞と見る。
これは メッセージ 57019 (nao759kyon さん)への返信です.
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