思想
投稿者: niseitjc 投稿日時: 2006/07/15 17:38 投稿番号: [57004 / 66577]
人によって考えはそれぞれ、合わしてくれと言っても無理だよね。
絶対正しいと言える方は誰もいない。
なぜなら、全員は正しいだ。
例え、立場が正反対にしても、誰が正しい?誰が正しくない、己は言えるかな?
「自由」と「平等」を完璧にとまでは言わずとも手に入れた人々にとっては、もはやそれらはそれらを手に入れる以前にはそうなり得るような、生きる上での積極的な指標のようなものではありえない。そこではもはや「自由」と「平等」とは、「安定」の要因に過ぎないであろう。
また、価値は相対的であり、何を善や良とするかを個々人にゆだねるのが個人主義であるが、そこでは仮に皆が善を望むにしても、個々の思考が全くの野放しにされるのであれば、皆が本来目指すべきであるはずの社会的に見ても善の範疇に収まることを、皆が揃って追及するとは限らない。だから、法律では縛れない道徳面での、個々人が自分を見つめなおす指標となるものの形成が必要と考えられるのである。
そしてまた、個人主義であるとは言っても、現実には人間は他者に考えを学んだり、他者に対する「安定」願望をもつことなどによって、他者に影響されることが通常であろう。だから、そのような実情の中で歪んだ考え方に影響されないためにも、正当であると考えられる考え方を可能な限り確立しておくことが社会にとって必要なのである。このことは先の新興宗教ブームを見れば明らかであろう。
そして、万人(基本的に先進諸国)に共通するその不在の問題は、「自由」・「平等」思想からでは道徳的な指標を、単に個々人のそれらを保障する以上には導けないことが、その一因となっていると考えられるのである。
分ってくれる方はいます。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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