Re: 止戈為武nao759kyon大子へ
投稿者: panda168jp 投稿日時: 2006/07/12 00:17 投稿番号: [56842 / 66577]
>「與其生縁」というのは、命を受けることを観音が与えると言うのだから、「命を与える」と言うことと、同じでしょう。<<<
「與其生縁」ですが、【與其】についての解釈は、
ケース1:
①其れに「命」を「与える」と解釈しているのか。
ケース2:
それとも
②「既然〜〜、〜〜」となるものだと解釈するのか。
まず、ケース1とケース2のどちらかにはっきりしてください。
または、
ケース1とケース2への併用、
つまり、「命を与える」「なら」、、、と言う両方の意味をもつと解釈すべしか。
>「道義」と言う言葉は元々中国の古文なの?
古文でなければ、義を道するとのことではなかいか?<<<
C氏はレス本人と同じ解釈で、
つまり、義を語る(道)となるが、
貴方は、いいえ、義を語るというより、「道義」を与えると解釈すべきだと主張する。
そこでだ、
道義と言う言葉が中国の古文にはない言葉でしたら、貴方の言った「道義」と言う解釈が成り立たず、やはり、義を語ると解釈すべくものとなる、と思う。
どうみても、やはり、C氏の解釈が正しいと思います。
孟者についてですが、
孟者のことを孟子という用例がないと、貴方は主張するが、
実際に、用例があって、今でも使われている。
例を示してあげたまでだ。
貴方の意見を、伺いたいです。
これは メッセージ 56827 (panda168jp さん)への返信です.
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