kitaguninosaruさんへ
投稿者: horse_224 投稿日時: 2006/07/04 16:28 投稿番号: [56487 / 66577]
>とりあえず「信じてあげる」のが必要ではないでしょうか?
「強制はない」を立証してから否定すべきでしょう。<
通常は訴えた方に立証責任があると思います。 言葉を信じるというのであれば、被告側が「強制はしていない。 私はそんな人でなしではない。」と涙を浮かべて訴えれば、それをも信用しなければならなくなります。 結果物別れになり、問題の解決が図れません。 原告が訴えているのが、その当時原告に直接非道を働いた女衒や官憲であるのならば、話はここまで拗れていないと思いますし、また本来はそうあるべきだと思います。 そこから当時の政府が浮かび上がってくるのであれば、法廷は国家に責任を問うでしょう。
>何でも「法的」に拘るのはどうでしょうか? 「法的」に認められなくても事実であることが多々あります。 まして、昔のことだし、日本が証拠隠滅を図った実績があることですし。 Horseさんだって、日常生活でいつも「法的」に物事を考えているわけではないでしょう?<
後半は、もちろんsaruさんの仰る通りです。 それはそれとして、この件に関しては、訴訟問題になっております。 法に訴えられているのだから、法に拘るのが自然です。 感情問題はその後の話です。 また、「日本が証拠隠滅を図った実績がある」のであれば、裁判では随分原告に有利になると思います。 何しろ、自己証言や推測、および主観的な判断のみでは、法廷で勝つのは困難です。
私も台湾に来て数回、(いずれも原告ですが)法廷を経験しました。 私企業も国営企業も相手にしました。 法廷とは残酷なものですよ。 しかし無ければ、安心して生活が送れません。 「遠山の金さん」は滅多にいませんから。。。。
>台湾でも陳さんが「法」に守られているんじゃないでしょうか?<
当然です。 彼に限ったことではありません。 また、証拠が挙がれば、しょっ引かれます。 実際娘婿はしょっ引かれました。 それだけの話です。 法治国家では、人は法に守られると同時に、法によって拘束されています。 しかし、それを全国ネットのテレビ中継で、堂々と破って見せたのが、当時の主席をはじめとする一部の国親議員達であり、本来法の適用をしなければならない立場にあるにもかかわらず、法の適用を拒否し、「ご苦労さん!!」と暖かい声を掛けたのが、現国民党主席です。
>ただ、公正の象徴である法廷だって、国益や為政者に偏ったりしますね。 法だって、次善策であって、最善策ではありません。<
最善策でないのは認めますが、これを言ってしまっては、法治国家での生活は無理です。
>現実、日本国内法では戦犯たちが悪くないのですからね。 親が人を殺しても、自分の家庭内では犯人ではないと言っているのと同じです。 よくも日本政府が堂々と言ってくれました。 国民もその真似に躍起です。 恥を知れ!<
戦争や政策を一般犯罪と同一視するのであれば、saruさんの仰ることはもっともな話ですし、正直この点に関しては、私個人としてはsaruさんに大いに同意します。 しかし、現実社会はどうかといいますと、何度も申し上げましたが、もしそういう見方をするのであれば、日本人も中国人もどいつもこいつもみんな恥知らずになってしまいます。
靖国に関して興味深い意見があったので、時間がおありの際に、ご覧になって下さい。 「http://www.yorozubp.com/」の6月28日付けの記事です。
>「法治」を盾に「ココロ」を捨てるのがもっと悲しいです。<
そうですね。 だから、日本でも法に訴えずに、示談で済ませるケースが少なくありません。 人々が金に汚くなって、心に余裕が無くなり、弁護士費用がアメリカ並に安くなったら、貴方の仰る「ココロ」は、もっと失われるかもしれません。
ところで、二人が、涙を流しながら、正反対の事を言っていたら、貴方はどちらを信じますか? どうやって判断しますか? 涙の多い方ですか。 見た目が弱そうな方ですか?
>これに限って言えば、日本はヤクザ同然を言わざるを得ません。<
HPを読みました。 部分的に掻い摘んで見れば、確かにやくざですね。 後は、その当時の慣習法(とは言っても強国が都合の良い様に作った法)や、既に政府同士で示談が済んでいる事柄を、如何に蒸し返すかですが。 その為には、先ず共産党政府が各声明および宣言を反故にする旨を宣言しなければなりませんね。
一番良い社会は、法も独裁政権も無い社会なのですが、世の中の人々が須らく善意で満たされない限りは、難しいと思います。 法治は、「最善ではないが、今出来得る最善の社会」といったとこ\xA4
通常は訴えた方に立証責任があると思います。 言葉を信じるというのであれば、被告側が「強制はしていない。 私はそんな人でなしではない。」と涙を浮かべて訴えれば、それをも信用しなければならなくなります。 結果物別れになり、問題の解決が図れません。 原告が訴えているのが、その当時原告に直接非道を働いた女衒や官憲であるのならば、話はここまで拗れていないと思いますし、また本来はそうあるべきだと思います。 そこから当時の政府が浮かび上がってくるのであれば、法廷は国家に責任を問うでしょう。
>何でも「法的」に拘るのはどうでしょうか? 「法的」に認められなくても事実であることが多々あります。 まして、昔のことだし、日本が証拠隠滅を図った実績があることですし。 Horseさんだって、日常生活でいつも「法的」に物事を考えているわけではないでしょう?<
後半は、もちろんsaruさんの仰る通りです。 それはそれとして、この件に関しては、訴訟問題になっております。 法に訴えられているのだから、法に拘るのが自然です。 感情問題はその後の話です。 また、「日本が証拠隠滅を図った実績がある」のであれば、裁判では随分原告に有利になると思います。 何しろ、自己証言や推測、および主観的な判断のみでは、法廷で勝つのは困難です。
私も台湾に来て数回、(いずれも原告ですが)法廷を経験しました。 私企業も国営企業も相手にしました。 法廷とは残酷なものですよ。 しかし無ければ、安心して生活が送れません。 「遠山の金さん」は滅多にいませんから。。。。
>台湾でも陳さんが「法」に守られているんじゃないでしょうか?<
当然です。 彼に限ったことではありません。 また、証拠が挙がれば、しょっ引かれます。 実際娘婿はしょっ引かれました。 それだけの話です。 法治国家では、人は法に守られると同時に、法によって拘束されています。 しかし、それを全国ネットのテレビ中継で、堂々と破って見せたのが、当時の主席をはじめとする一部の国親議員達であり、本来法の適用をしなければならない立場にあるにもかかわらず、法の適用を拒否し、「ご苦労さん!!」と暖かい声を掛けたのが、現国民党主席です。
>ただ、公正の象徴である法廷だって、国益や為政者に偏ったりしますね。 法だって、次善策であって、最善策ではありません。<
最善策でないのは認めますが、これを言ってしまっては、法治国家での生活は無理です。
>現実、日本国内法では戦犯たちが悪くないのですからね。 親が人を殺しても、自分の家庭内では犯人ではないと言っているのと同じです。 よくも日本政府が堂々と言ってくれました。 国民もその真似に躍起です。 恥を知れ!<
戦争や政策を一般犯罪と同一視するのであれば、saruさんの仰ることはもっともな話ですし、正直この点に関しては、私個人としてはsaruさんに大いに同意します。 しかし、現実社会はどうかといいますと、何度も申し上げましたが、もしそういう見方をするのであれば、日本人も中国人もどいつもこいつもみんな恥知らずになってしまいます。
靖国に関して興味深い意見があったので、時間がおありの際に、ご覧になって下さい。 「http://www.yorozubp.com/」の6月28日付けの記事です。
>「法治」を盾に「ココロ」を捨てるのがもっと悲しいです。<
そうですね。 だから、日本でも法に訴えずに、示談で済ませるケースが少なくありません。 人々が金に汚くなって、心に余裕が無くなり、弁護士費用がアメリカ並に安くなったら、貴方の仰る「ココロ」は、もっと失われるかもしれません。
ところで、二人が、涙を流しながら、正反対の事を言っていたら、貴方はどちらを信じますか? どうやって判断しますか? 涙の多い方ですか。 見た目が弱そうな方ですか?
>これに限って言えば、日本はヤクザ同然を言わざるを得ません。<
HPを読みました。 部分的に掻い摘んで見れば、確かにやくざですね。 後は、その当時の慣習法(とは言っても強国が都合の良い様に作った法)や、既に政府同士で示談が済んでいる事柄を、如何に蒸し返すかですが。 その為には、先ず共産党政府が各声明および宣言を反故にする旨を宣言しなければなりませんね。
一番良い社会は、法も独裁政権も無い社会なのですが、世の中の人々が須らく善意で満たされない限りは、難しいと思います。 法治は、「最善ではないが、今出来得る最善の社会」といったとこ\xA4
これは メッセージ 56357 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
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