やはり「正義」と「自称」するだけ。
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/05/25 17:43 投稿番号: [55486 / 66577]
ばかだなぁ。
暗黙の了解?そんな漠然としたモノでアノ欠陥裁判を「正義」と称するの?
例えば、ハムラビ法典の背景たる「正義(社会に於ける価値規準)」と日本の各種法の背景たる「正義(右に同じ)」が違う以上、「絶対的な普遍的な正義など無い」。それぞれの社会や時代で相対的に変わりうるのが「正義(以下略)」であり、既に書いたが国際法と国内法を分けるべきとの根拠にもなる。
また、繰り返すが法とは「法治の道具」であって、もちろん法の条文を作成する時は正義たれと思って作成するだろうが、条文自体に正義があるのではない。それを適用し行使するにあたり正義を要するのですよ。
それが「暗黙の了解」??
では、他の行為との峻別はどう説明を付けるのかね?明確に峻別できない複数の行為を恣意的に分けるのも「暗黙の了解による正義」だとでも?
キミがイエーリングを提示するならば、きちんとイエーリングの定義した「正義」を説明し、まずその概念が妥当かどうかを検討し、さらにその認識をどのように東京裁判解釈にあてるのかを説明しなければならない。自分の行為を棚に上げ相手のみ断罪することが「暗黙の了解の正義」だと堂々と主張するなら勝手にすれば良い。
日本の行為が侵略だと?それについては自衛であるという見解がありソ連の盧溝橋への関与など傍証はどんどん出て来ている。フライングタイガース然り。アメリカの中国への関与やソ連への牽制こそ侵略ではないか?なぜ断ざれない?
「正義」じゃなく、「勝ち負け」でしかないからですよ。
キミの言う正義とは、イエーリングの概念たる暗黙に了解される正義などとは無縁の、「勝った側の理由付け」でしかないんですよ。
結局イエーリングが正義を規定していたとは言うがそれをどう東京裁判に当てはめるかは出せないし、また、その「暗黙の了解」の主体も明示できない。暗黙の了解をした当事者がその断ずる正義にもっとも忠実でなければ正義による断罪など成り立たないんですよ。つまり東京裁判にイエーリングの言う正義は「無い」。
イエーリングの「法(の行使)に正義を求める」姿勢と、権利取得へのプロセス概念が現在の法律、日本の民法に於いて結実していることは既に指摘した。この辺はちょっと調べればいくらでも出て来てかつ明確に説明されている。
キミがそれほどイエーリングで東京裁判を論じたいなら、「イエーリングの正義の認識の妥当性証明」「イエーリング論の正義行使を東京裁判に適用する妥当性」をきちんと論じるか、そのように論じた物を引用すれば良い。
ただ「正義正義」というだけでは誰も「暗黙に了解」などできませんよ。
コレだけ御託を並べたのに出せないと言うことは、↑がキミには出来ない、つまり、イエーリングでの東京裁判擁護が成立しないと言うことですよ。
イエーリングの法学での評価とは別問題。
ちなみに、ワタクシが「正義など無い」と言い出したのは、キミが出したイエーリングの訳文に「正義の行使のために遡及もやむなし」ととれる文章とはっきりと「正義」という単語があったから。説明もせず正義正義言うから、正義とは何ぞやと問い、キミが答えられない事実と上記の通り「相対的な価値判断に過ぎない」という認識から言ったまでのこと。
なんなら哲学的に論じますか?(笑)
正義と言う概念がいかにあやふやで「断ずる根拠」に如何に相応しくないかを「絶対的な真理ではなくあり得る一見解として」ご説明できますよ。まぁすでに指摘したことの繰り返しなんですがね。
「価値観は変わる」以上。切腹や自刎が「正義の発露」だった時代「も」あった。しかし今「は」違う。
多分キミには理解できないと思います。キミは切腹や自刎を悪だと言い続けることでしょう。
暗黙の了解?そんな漠然としたモノでアノ欠陥裁判を「正義」と称するの?
例えば、ハムラビ法典の背景たる「正義(社会に於ける価値規準)」と日本の各種法の背景たる「正義(右に同じ)」が違う以上、「絶対的な普遍的な正義など無い」。それぞれの社会や時代で相対的に変わりうるのが「正義(以下略)」であり、既に書いたが国際法と国内法を分けるべきとの根拠にもなる。
また、繰り返すが法とは「法治の道具」であって、もちろん法の条文を作成する時は正義たれと思って作成するだろうが、条文自体に正義があるのではない。それを適用し行使するにあたり正義を要するのですよ。
それが「暗黙の了解」??
では、他の行為との峻別はどう説明を付けるのかね?明確に峻別できない複数の行為を恣意的に分けるのも「暗黙の了解による正義」だとでも?
キミがイエーリングを提示するならば、きちんとイエーリングの定義した「正義」を説明し、まずその概念が妥当かどうかを検討し、さらにその認識をどのように東京裁判解釈にあてるのかを説明しなければならない。自分の行為を棚に上げ相手のみ断罪することが「暗黙の了解の正義」だと堂々と主張するなら勝手にすれば良い。
日本の行為が侵略だと?それについては自衛であるという見解がありソ連の盧溝橋への関与など傍証はどんどん出て来ている。フライングタイガース然り。アメリカの中国への関与やソ連への牽制こそ侵略ではないか?なぜ断ざれない?
「正義」じゃなく、「勝ち負け」でしかないからですよ。
キミの言う正義とは、イエーリングの概念たる暗黙に了解される正義などとは無縁の、「勝った側の理由付け」でしかないんですよ。
結局イエーリングが正義を規定していたとは言うがそれをどう東京裁判に当てはめるかは出せないし、また、その「暗黙の了解」の主体も明示できない。暗黙の了解をした当事者がその断ずる正義にもっとも忠実でなければ正義による断罪など成り立たないんですよ。つまり東京裁判にイエーリングの言う正義は「無い」。
イエーリングの「法(の行使)に正義を求める」姿勢と、権利取得へのプロセス概念が現在の法律、日本の民法に於いて結実していることは既に指摘した。この辺はちょっと調べればいくらでも出て来てかつ明確に説明されている。
キミがそれほどイエーリングで東京裁判を論じたいなら、「イエーリングの正義の認識の妥当性証明」「イエーリング論の正義行使を東京裁判に適用する妥当性」をきちんと論じるか、そのように論じた物を引用すれば良い。
ただ「正義正義」というだけでは誰も「暗黙に了解」などできませんよ。
コレだけ御託を並べたのに出せないと言うことは、↑がキミには出来ない、つまり、イエーリングでの東京裁判擁護が成立しないと言うことですよ。
イエーリングの法学での評価とは別問題。
ちなみに、ワタクシが「正義など無い」と言い出したのは、キミが出したイエーリングの訳文に「正義の行使のために遡及もやむなし」ととれる文章とはっきりと「正義」という単語があったから。説明もせず正義正義言うから、正義とは何ぞやと問い、キミが答えられない事実と上記の通り「相対的な価値判断に過ぎない」という認識から言ったまでのこと。
なんなら哲学的に論じますか?(笑)
正義と言う概念がいかにあやふやで「断ずる根拠」に如何に相応しくないかを「絶対的な真理ではなくあり得る一見解として」ご説明できますよ。まぁすでに指摘したことの繰り返しなんですがね。
「価値観は変わる」以上。切腹や自刎が「正義の発露」だった時代「も」あった。しかし今「は」違う。
多分キミには理解できないと思います。キミは切腹や自刎を悪だと言い続けることでしょう。
これは メッセージ 55458 (cobapics0506z さん)への返信です.
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