Re: 私も素人なりに
投稿者: sin1945jp 投稿日時: 2006/05/24 23:21 投稿番号: [55456 / 66577]
>そういう事よ。過去の事をこれはよかった、これは悪かった
、という結論を今の価値観で変えてはいかんということさ。<
横ですが、4カ国以外、アジア全域であの当時の戦争を「侵略戦争」だったと
いってる国はありませんが、あなたのも
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=55425
で言っている
>このあたり。この辺りを至極当然と妄想してるとこ。基地外かな。この文の中に中国人、東南アジア人の”意志”がどこにあるのかな?
まあ、他人の土地をかすめ取って、自分の土地にしたのはいいが、残念ながらこの土地には意志があって、”この人間の所有物になるのを拒否する”と言って、作物を植えても育たないし建物も建たないんだよなー、残念。
<
とあなたの価値観で、アジア全体の当時の代表者たちの価値観を捻じ曲げていませんか?
当時アメリカ・イギリス・オランダ・など欧米列強・一部のアジア以外の国は事実上、戦争終結跡、朝鮮半島の裏切り以外かのシンガポールですら日本の戦争は意義があったおしゃっていますが・・・・
また東京裁判の後、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A3%81%E5%88%A4
で述べられているとおり
欧米などでは、判事や関係者による指摘が起こるとともに国際法学者間で議論がされ、裁判に不備があったという意見が大部分であったといわれている。なお、ロンドンタイムズなどは、2か月にわたって極東国際軍事裁判に関する議論を掲載した。
>また、当時の日本統治を担当し、裁判の事実上の主催者ともいえた連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは、後にハリー・S・トルーマンアメリカ合衆国大統領と会談した際に、「東京裁判は平和のため何ら役に立たなかった」と述べたといわれる。なお、ダグラス・マッカーサーは、1951年(昭和26年)5月3日に開かれたアメリカ合衆国連邦議会上院 (U.S. Senate) の軍事外交合同委員会において、(日本は、国外からの供給品の遮断によって1000万から1200万の人々が失業するのを恐れていたわけで)「戦争に向かっていく理由は、主として安全保障上からの要請であった。」(原文 "Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.")と日本の自衛的側面を認めている。<
そして、トルーマンの無条件降伏は、明らかに外交パフォーマンスであり
東京裁判も同じである
だからこそ、中国共産党は東京裁判に入れてもらえなかった(国として認められなかった)
こういういきさつがあったからこそ、日中共同声明でポツダム宣言が出てきており、サンフランシスコ条約をいまだに認めていないのである
それも知った上で、
>そういう事よ。過去の事をこれはよかった、これは悪かった
、という結論を今の価値観で変えてはいかんということさ。<
といってるのなら同感ですな
、という結論を今の価値観で変えてはいかんということさ。<
横ですが、4カ国以外、アジア全域であの当時の戦争を「侵略戦争」だったと
いってる国はありませんが、あなたのも
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=55425
で言っている
>このあたり。この辺りを至極当然と妄想してるとこ。基地外かな。この文の中に中国人、東南アジア人の”意志”がどこにあるのかな?
まあ、他人の土地をかすめ取って、自分の土地にしたのはいいが、残念ながらこの土地には意志があって、”この人間の所有物になるのを拒否する”と言って、作物を植えても育たないし建物も建たないんだよなー、残念。
<
とあなたの価値観で、アジア全体の当時の代表者たちの価値観を捻じ曲げていませんか?
当時アメリカ・イギリス・オランダ・など欧米列強・一部のアジア以外の国は事実上、戦争終結跡、朝鮮半島の裏切り以外かのシンガポールですら日本の戦争は意義があったおしゃっていますが・・・・
また東京裁判の後、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A3%81%E5%88%A4
で述べられているとおり
欧米などでは、判事や関係者による指摘が起こるとともに国際法学者間で議論がされ、裁判に不備があったという意見が大部分であったといわれている。なお、ロンドンタイムズなどは、2か月にわたって極東国際軍事裁判に関する議論を掲載した。
>また、当時の日本統治を担当し、裁判の事実上の主催者ともいえた連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは、後にハリー・S・トルーマンアメリカ合衆国大統領と会談した際に、「東京裁判は平和のため何ら役に立たなかった」と述べたといわれる。なお、ダグラス・マッカーサーは、1951年(昭和26年)5月3日に開かれたアメリカ合衆国連邦議会上院 (U.S. Senate) の軍事外交合同委員会において、(日本は、国外からの供給品の遮断によって1000万から1200万の人々が失業するのを恐れていたわけで)「戦争に向かっていく理由は、主として安全保障上からの要請であった。」(原文 "Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.")と日本の自衛的側面を認めている。<
そして、トルーマンの無条件降伏は、明らかに外交パフォーマンスであり
東京裁判も同じである
だからこそ、中国共産党は東京裁判に入れてもらえなかった(国として認められなかった)
こういういきさつがあったからこそ、日中共同声明でポツダム宣言が出てきており、サンフランシスコ条約をいまだに認めていないのである
それも知った上で、
>そういう事よ。過去の事をこれはよかった、これは悪かった
、という結論を今の価値観で変えてはいかんということさ。<
といってるのなら同感ですな
これは メッセージ 55454 (sintyou5 さん)への返信です.
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