やっぱりおめでたい
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/05/13 14:39 投稿番号: [55039 / 66577]
イエーリングを引き合いに出し、遡及すら認めるその認識が重いと言う。
さて、そのイエーリング氏の言う「正義」に、「戦勝国」が相応しいのかね?
そこを検証せずして正義を名乗るのはおこがましいですな。
ワタクシが常々危機感を感じ指摘しているのがそのような
「独善的な正義」であり、
それを認めることによりこれ以降も「戦争の抑止がなされない」「不当な断罪の抑止がなされない」コトなんですがね。
既存の法で裁けない「悪」がありますよ、と。さてその規準は?それを断ずるのは、誰?
仮にその既存法で裁けない悪のために必要な「事後法」を成立させ、「正義」を行うとしましょうか。では、その他の行為との差別化はどのように検証されるのか?誰によって?
イエーリングの理論は、理想論ではあるが法治の概念を根本から揺るがすモノであるのでこれを引き合いに出す論者は極めて少ないようですね。これがアタリマエなら、本来東京裁判に対し批判が出るコトなどあり得ないし、第一キミがこんなにのんびりとしたタイミングで出す前に提示されていたはず。
最終兵器として温存していたの?(笑)それにしても、その「正義」にかなうのがいったい誰で、その価値規準はナニか、明確で無い以上普遍的な法概念に取り入れるには力不足なお説ですな。
「恣意的な証拠と証人のみをあげ連ねて」判決を急ぐ不遜な法廷を開く者達が、その崇高な「正義」とやらに相応しいと言う証明と、遡及効と言う刑法上はあってはならない原則違反をするほどにほんの行為が悪辣であったと言う証明。
これがなされなければどんなに理想的な望ましいお説をもって来ても何の証明にも傍証にもなりませんよ。
これは メッセージ 55037 (cobapics0506z さん)への返信です.
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