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シンガポールで何が起きたのか?

投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2006/05/12 15:45 投稿番号: [54988 / 66577]
なぜ、日本軍は東南アジアを侵略し,特に華人(中国人)を狙ったのか?

  日本は明治時代以後、「富国強兵・殖産興業」を掲げて帝国主義を推し進めました。朝鮮半島を植民地化し、さらに領土拡大を目論んでいました。

1929年の世界大恐慌以後、日本は不況を海外侵略によって克服しようと、1931(昭和6)年に満州事変、1937(昭和12)年には日中全面戦争を仕掛けましたが、中国は強く抵抗を続けました。欧米列強は、国際法を守らず、非人道的な日本を批判、また自国の植民地を守りたいこともあって、経済封鎖を実施しましたが、日本は侵略を重ねることでこれをはねのけようと、1941年対英米蘭戦争を始めました。これがアジア・太平洋戦争です。日本軍は一番の狙いである中国を破れないのは、アジア各地の華人による中国本土への援助であるとし、アジア各地の華人を虐殺して援助を断とうとしました。いわば、シンガポールやマレー半島での虐殺は、アジア・太平洋戦争の本質を示すものなのです。

  1941年12月8日、真珠湾攻撃より1時間余り早くマレー半島に上陸した日本軍は、イギリス軍の要衝・シンガポールを狙って南下、2月15日には陥落させます。すると上記の目的のため華人虐殺=「大検証」を行います。これにより、文部省の検定でも4〜5千人、現地では4〜5万人とも言われる犠牲者が出ました。日本軍は「大検証」に際し、短い時間で抗日分子を見分けることができないため、その判断は現地に任され、「メガネをかけている人や、教員・銀行員はインテリだから抗日」「列の前から5番目の者は選別」といった理由で処刑された人も数多くいたのです。日本軍はこの後、マレー半島を北上しいわゆる「敵性華僑狩り」を行っていきました。

1942年2月、日本軍はわずか2ヶ月でシンガポールを陥落させました。そして大規模な華人虐殺=「大検証」を行い、何万人ともいわれる華人を虐殺しました。さらに抗日運動をしている者を捕らえては、詰問・拷問をして多くの人を獄死させました。わたしたちはこの両方を体験した方と出会い、そして当時のことを初めて証言していただくことになりました。

  李さんは少年の頃、前を歩いていた老人が日本兵に敬礼しなかっただけで、その場で射殺されるという、衝撃的な場面に出会いました。そして「大検証」、電気ショックなどのの拷問…。わたしたちは李さんの証言を聞くことで、日本軍が何をしたのか、なぜそのようなことをしたのかを掘り下げたいと思います。そして、証言をどう受け止め、どう生かすか皆さんと一緒に考えたいと思います。
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