Re: 禁じられているのでは?
投稿者: panda168jp 投稿日時: 2006/04/14 12:49 投稿番号: [54330 / 66577]
臍ちゃんの不勉強。
モノ知らず。
身の程知らず。
毎日、掲示板にうろうろしたら、以下のがもう目に入ったはずだよ。
【日本の地図や公文書ではかつて、島の中国名を正式に使用していたことがある。統計によると、1935年から1970年にかけて日本で出版された地図21種類および大百科事典の3分の2に「尖閣列島」の記載がなく、「魚釣島」と記載しているものもあった。日本では釣魚島に属する島々の呼び方は混乱している。日本が最初に呼ぶようになった「尖閣列島」は、沖縄師範学校の黒田岩恒教諭が1900年5月、イギリス人が呼んでいた「尖頭諸島」から名づけたという。日本政府は1921年7月25日、同島の「国有地」編入に際して、赤尾嶼を「大正島」と改称したが、日本政府はこの名称を長い間正式に使用しなかった。第2次世界大戦後に日本が連合国司令部に提出した、海上保安庁水路部の海図は、依然として中国が命名した黄尾嶼、赤尾嶼を使用している。米軍占領下の沖縄県が1969年に発した正式文書や掲示でも、黄尾嶼、赤尾嶼などの島名が使用されている。1969年5月に釣魚島海域に石油が埋蔵されているとの情報が流れると、沖縄県は石油会社から相次ぐ調査申請を受け、同県石垣市長の命令で釣魚島に目印となる杭を建設、黄尾嶼を「久場島」、赤尾嶼を「大正島」と再度改称した。
しかし、これら島々の名称は勅令による命名を経ていないため、1972年以前の日本政府は各島の島名を出して領有権を主張せず、漠然と「尖閣列島」または「尖閣群島」と呼んでいた。今日に至るまで、これらの島に中国名を使用している日本地図も依然存在しており、平凡社が1984年に出版した『世界大地図帳』には、はっきり漢字と日本語読みで「魚釣島(うおつりじま)」、「黄尾嶼(こうびしょ)」、「赤尾嶼(せきびしょ)」と表記されている。また、現在日本政府や沖縄県の正式文書でも黄尾嶼、赤尾嶼という呼称を使用している。防衛庁が1995年2月に衆議院予算委員会に提出した「防衛庁資料」でも、中国名の黄尾嶼、赤尾嶼が使用されている。(3)
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モノ知らず。
身の程知らず。
毎日、掲示板にうろうろしたら、以下のがもう目に入ったはずだよ。
【日本の地図や公文書ではかつて、島の中国名を正式に使用していたことがある。統計によると、1935年から1970年にかけて日本で出版された地図21種類および大百科事典の3分の2に「尖閣列島」の記載がなく、「魚釣島」と記載しているものもあった。日本では釣魚島に属する島々の呼び方は混乱している。日本が最初に呼ぶようになった「尖閣列島」は、沖縄師範学校の黒田岩恒教諭が1900年5月、イギリス人が呼んでいた「尖頭諸島」から名づけたという。日本政府は1921年7月25日、同島の「国有地」編入に際して、赤尾嶼を「大正島」と改称したが、日本政府はこの名称を長い間正式に使用しなかった。第2次世界大戦後に日本が連合国司令部に提出した、海上保安庁水路部の海図は、依然として中国が命名した黄尾嶼、赤尾嶼を使用している。米軍占領下の沖縄県が1969年に発した正式文書や掲示でも、黄尾嶼、赤尾嶼などの島名が使用されている。1969年5月に釣魚島海域に石油が埋蔵されているとの情報が流れると、沖縄県は石油会社から相次ぐ調査申請を受け、同県石垣市長の命令で釣魚島に目印となる杭を建設、黄尾嶼を「久場島」、赤尾嶼を「大正島」と再度改称した。
しかし、これら島々の名称は勅令による命名を経ていないため、1972年以前の日本政府は各島の島名を出して領有権を主張せず、漠然と「尖閣列島」または「尖閣群島」と呼んでいた。今日に至るまで、これらの島に中国名を使用している日本地図も依然存在しており、平凡社が1984年に出版した『世界大地図帳』には、はっきり漢字と日本語読みで「魚釣島(うおつりじま)」、「黄尾嶼(こうびしょ)」、「赤尾嶼(せきびしょ)」と表記されている。また、現在日本政府や沖縄県の正式文書でも黄尾嶼、赤尾嶼という呼称を使用している。防衛庁が1995年2月に衆議院予算委員会に提出した「防衛庁資料」でも、中国名の黄尾嶼、赤尾嶼が使用されている。(3)
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これは メッセージ 54327 (tokagenoheso さん)への返信です.
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