cobapicsさんへ
投稿者: horse_224 投稿日時: 2006/03/27 13:11 投稿番号: [53769 / 66577]
>ごく普通の人間感性から言えば、それはそうでしょうと。ですから同様にこれは中国人にも言えるせりふでしょ?<
その通りです。 因みに私は、日本人対共産党の話をしております。
>日本人ってそんなお人よしかな?<
私は経験上そのように感じます。 そうでない人、またそうでない場合もあるでしょうが、どこの国に行っても、つくづくそう感じます。 日本人を見てそう感じるというよりも、外国人の思考に触れてそう感じます。 そのかわり、学習するのが早いのも日本人の特徴だと思います。(迎合とも言えますが)
>まさにその通り、まず手を胸に当てて自問してみる必要があろう。<
自問ですか。。。。 つまり、私が、共産党に対して、何か不合理な糾弾の仕方をしているという意味ですよね。 それとも日本政府に原因があるということかな?
確かに、日本政府が完璧だとは思いませんが、伝聞や捏造写真で「脚色」した記念館を、子供の教育の一環に取り入れたり、世界遺産に登録しようとしたりはしないし、目の前で暴徒が他国の大使館を破壊するのを、その国の官憲が指を咥えて眺め、あまつさえ「すまん」の一言も言えないようなことはしないと思いますよ。 訴状を持った農民は、役所に到着する前に拘束できるのに、目の前で物を投げ込もうとしている暴徒に対して、官憲がボーっと突っ立ているのを見たら、そりゃあ頭にきますよ。
>多分共産党が「図に乗りすぎた」というよりも、歴史的変化による要素も考えられると思いますよ。<
価値観の推移ですか? 日本でもそれはありますし、自然なことだと思います。 「俺が若いころは、、」と嘆く老人と、「今はそれでは通用しない」と答える若者。 これと似ていますかね。(私は既に前者の思考です。笑) 民間ベースではそれでよいと思いますよ。 その老人が若い頃も、その時代の老人に同じ事を言われていた筈ですし、逃れようのない輪廻のようなものですからね。
しかし、老人が現代の生き方を自分流に矯正するのがナンセンスであるのと同様に、若者が50年前の老人の生き様を否定するのも、決して正しいとは言い切れませんよね。 うちの親父は「大男人」でしたし、暴力的でもありましたから、お袋はずいぶん苦労しましたが、それでも親父に嫁いだことを後悔していませんよ。 その時代にはその時代の苦しみがあり、また楽しみもありましたからね。
翻って国家間ではどうでしょう? 国が違えば立場が違う。 思想文化も違う。 保護すべき利益線も違う。 しかも既に二世代近く時が流れている。 どちらかがどちらかの考えを押し付けるのはかなり無理がありますよね。 だから、どこの国も、よほど自国の不利益に直結しない限りは、極力他国の内政には干渉しない。 心の問題なら尚更です。
仮に、「共産党の書いた図」ではなく、「歴史的変化」によって、中国国民の歴史に対する価値観が変わったとしましょうか。 しかしそれはあくまで「これからの時代」を築いていくものであって、過去を断罪することは不可能だと思います。
清の公使鳳藻が、「朝鮮は清の属邦だ」と言ったからといって、現韓国民が共産党に清時代の否定を要求したりはしないでしょう? また、言ってきても共産党は歯牙にもかけないと思いますよ。
その通りです。 因みに私は、日本人対共産党の話をしております。
>日本人ってそんなお人よしかな?<
私は経験上そのように感じます。 そうでない人、またそうでない場合もあるでしょうが、どこの国に行っても、つくづくそう感じます。 日本人を見てそう感じるというよりも、外国人の思考に触れてそう感じます。 そのかわり、学習するのが早いのも日本人の特徴だと思います。(迎合とも言えますが)
>まさにその通り、まず手を胸に当てて自問してみる必要があろう。<
自問ですか。。。。 つまり、私が、共産党に対して、何か不合理な糾弾の仕方をしているという意味ですよね。 それとも日本政府に原因があるということかな?
確かに、日本政府が完璧だとは思いませんが、伝聞や捏造写真で「脚色」した記念館を、子供の教育の一環に取り入れたり、世界遺産に登録しようとしたりはしないし、目の前で暴徒が他国の大使館を破壊するのを、その国の官憲が指を咥えて眺め、あまつさえ「すまん」の一言も言えないようなことはしないと思いますよ。 訴状を持った農民は、役所に到着する前に拘束できるのに、目の前で物を投げ込もうとしている暴徒に対して、官憲がボーっと突っ立ているのを見たら、そりゃあ頭にきますよ。
>多分共産党が「図に乗りすぎた」というよりも、歴史的変化による要素も考えられると思いますよ。<
価値観の推移ですか? 日本でもそれはありますし、自然なことだと思います。 「俺が若いころは、、」と嘆く老人と、「今はそれでは通用しない」と答える若者。 これと似ていますかね。(私は既に前者の思考です。笑) 民間ベースではそれでよいと思いますよ。 その老人が若い頃も、その時代の老人に同じ事を言われていた筈ですし、逃れようのない輪廻のようなものですからね。
しかし、老人が現代の生き方を自分流に矯正するのがナンセンスであるのと同様に、若者が50年前の老人の生き様を否定するのも、決して正しいとは言い切れませんよね。 うちの親父は「大男人」でしたし、暴力的でもありましたから、お袋はずいぶん苦労しましたが、それでも親父に嫁いだことを後悔していませんよ。 その時代にはその時代の苦しみがあり、また楽しみもありましたからね。
翻って国家間ではどうでしょう? 国が違えば立場が違う。 思想文化も違う。 保護すべき利益線も違う。 しかも既に二世代近く時が流れている。 どちらかがどちらかの考えを押し付けるのはかなり無理がありますよね。 だから、どこの国も、よほど自国の不利益に直結しない限りは、極力他国の内政には干渉しない。 心の問題なら尚更です。
仮に、「共産党の書いた図」ではなく、「歴史的変化」によって、中国国民の歴史に対する価値観が変わったとしましょうか。 しかしそれはあくまで「これからの時代」を築いていくものであって、過去を断罪することは不可能だと思います。
清の公使鳳藻が、「朝鮮は清の属邦だ」と言ったからといって、現韓国民が共産党に清時代の否定を要求したりはしないでしょう? また、言ってきても共産党は歯牙にもかけないと思いますよ。
これは メッセージ 53715 (cobapics0506z さん)への返信です.
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