Re: 読み方によって、トカゲ様へ
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/02/25 06:39 投稿番号: [52648 / 66577]
わたしは仏教には造詣が深いわけではないが、心惹かれるものは常に感じている。
考えてみれば当時は多くの日本人が中国へ渡り、当時の最新情報であった仏教を学んできた時期だった。今では大乗仏教(上座部仏教と言われるようになっているが)が普及しているのは世界中で日本だけで、大乗仏教が発達した中国に於いてそれは昔日の面影はない。そのあたりも両国の歩みの違いの原因かと思い至った。
さて、円頓とは、結局物事には絶対というものはなくそれを見る人間のあり方で実態は変わると言うことかな・・・だから、心が完全であれば物事を完全に見極めることが出来るということだろう。普通の人間には出来ない事だからこそ、仏にしかなしえないのだろうが。
確かに同じこの世の中に生きていながら、ある物を否定的にとらえるか肯定的にとらえるかは人による。しかし、自分で事象に正面から向き合うことの出来ない人間には、実態は見えない。
前々から気になっているのだが、日中の違いを言われると中国人から反射的にそれに対する反論が来る。しかし、日中の価値観文化が違う以上、日中で物事のとらえ方が違うのは当たり前であり、反論するようなことではないはずのことにまで反論がくる。
以前、中国料理と日本料理が文化や価値観などにより違いが出来たのであり、中国人にとって一番美味いと思うものが中国料理になったし、日本人の味覚に合うものが日本料理となったのは当然だと書いたら、中国料理を馬鹿にするなみたいなレスがあった。なぜ馬鹿にされたと思うのか。
同じ仏像を作るのに、中国人の原型師に頼んだら全く日本人の作る仏像と違う官制の物が出来て、日本では売れなかったと書いたら、中国人の美意識を馬鹿にするな、という主旨の反応があった。両国の文化的背景を見れば美意識に違いが出てくるのは当たり前だ。だからこそ、日本でも中国美術は評価され多くの好事家が収集しているのだろう。日本美術と違うものとして評価しているのであり、日本美術に似ているから評価されているのではない。
何か中国との違いを言うとすぐに反発をしてくるのは何故なのかと言っても仕方がないのかとも思う。それこそ円頓だろう。相手の言葉がとにかく批判に見えるのだろう。
ここでわたしもふくめ多くの日本人は別に一般中国人や中国、中国文化を馬鹿にしたり差別をしていることはない。ただし、だからといって完全無欠だとも思っていないから中国人や中国そのものに批判もあるだろう。ただ、中共のありかたやそれを鵜呑みにする人間に対してはそれなりにあたるけれどもね。
なんど問いただしても中国で反日政策をしていることに対する否定は出てこない。幼児期の環境が一生の人格を形成してゆくことに反論がない。当たり前のことなのに、それを必死に逸らそうとし、罵倒しか返してこないのは、当たり前のことを指摘されても自分たちが非難されているとしか感じないのか。
まさに心のあり方で当たり前のことが当たり前に見えていない状況がよく分かる。自分をちょっと別の場所に置けば、別の見方が出来ると思うけれどね。
ところで、何処にも足をつけていない連中にとっては便乗しかないとは思うから、まあ、これについてはどうでも良いけれど。
考えてみれば当時は多くの日本人が中国へ渡り、当時の最新情報であった仏教を学んできた時期だった。今では大乗仏教(上座部仏教と言われるようになっているが)が普及しているのは世界中で日本だけで、大乗仏教が発達した中国に於いてそれは昔日の面影はない。そのあたりも両国の歩みの違いの原因かと思い至った。
さて、円頓とは、結局物事には絶対というものはなくそれを見る人間のあり方で実態は変わると言うことかな・・・だから、心が完全であれば物事を完全に見極めることが出来るということだろう。普通の人間には出来ない事だからこそ、仏にしかなしえないのだろうが。
確かに同じこの世の中に生きていながら、ある物を否定的にとらえるか肯定的にとらえるかは人による。しかし、自分で事象に正面から向き合うことの出来ない人間には、実態は見えない。
前々から気になっているのだが、日中の違いを言われると中国人から反射的にそれに対する反論が来る。しかし、日中の価値観文化が違う以上、日中で物事のとらえ方が違うのは当たり前であり、反論するようなことではないはずのことにまで反論がくる。
以前、中国料理と日本料理が文化や価値観などにより違いが出来たのであり、中国人にとって一番美味いと思うものが中国料理になったし、日本人の味覚に合うものが日本料理となったのは当然だと書いたら、中国料理を馬鹿にするなみたいなレスがあった。なぜ馬鹿にされたと思うのか。
同じ仏像を作るのに、中国人の原型師に頼んだら全く日本人の作る仏像と違う官制の物が出来て、日本では売れなかったと書いたら、中国人の美意識を馬鹿にするな、という主旨の反応があった。両国の文化的背景を見れば美意識に違いが出てくるのは当たり前だ。だからこそ、日本でも中国美術は評価され多くの好事家が収集しているのだろう。日本美術と違うものとして評価しているのであり、日本美術に似ているから評価されているのではない。
何か中国との違いを言うとすぐに反発をしてくるのは何故なのかと言っても仕方がないのかとも思う。それこそ円頓だろう。相手の言葉がとにかく批判に見えるのだろう。
ここでわたしもふくめ多くの日本人は別に一般中国人や中国、中国文化を馬鹿にしたり差別をしていることはない。ただし、だからといって完全無欠だとも思っていないから中国人や中国そのものに批判もあるだろう。ただ、中共のありかたやそれを鵜呑みにする人間に対してはそれなりにあたるけれどもね。
なんど問いただしても中国で反日政策をしていることに対する否定は出てこない。幼児期の環境が一生の人格を形成してゆくことに反論がない。当たり前のことなのに、それを必死に逸らそうとし、罵倒しか返してこないのは、当たり前のことを指摘されても自分たちが非難されているとしか感じないのか。
まさに心のあり方で当たり前のことが当たり前に見えていない状況がよく分かる。自分をちょっと別の場所に置けば、別の見方が出来ると思うけれどね。
ところで、何処にも足をつけていない連中にとっては便乗しかないとは思うから、まあ、これについてはどうでも良いけれど。
これは メッセージ 52640 (cobapics0506z さん)への返信です.
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