huiyu2003jpさん
投稿者: onlyabird 投稿日時: 2004/04/10 16:13 投稿番号: [5228 / 66577]
日本にとってもっとドイツに学ぶという話はよく聞きますが、無理があります。
1、日本の戦時官僚は占領軍の米軍に粛清されずに、後の利用のため、温存されたのです。それらの官僚が戦後日本の政治を握り、彼らの子供が今の日本の政治を握っているわけです。
→親が悪いことをしたと、素直に謝る度量があるほどの政治家は、さほど多くないです。政治家のみならず、一般人もそうです。
→謝罪は行われたものの、「公式謝罪」を行いたくない日本政府は、半分の責任を負います。
2、日本はアメリカに負けたのであり、中国に負けたわけではない。これは事実であり、わが国の歴史教科書は民族自尊心を育てるため、かつ昔の面子をまっとうするため、書いたうそです。
→日本はアメリカに宣戦布告しないかぎり、二三十年続いても日本は負けないと思います。日本軍にとって占領地域の拡大につれ、補給線と兵力維持が困難になりながらも、中国軍は果たして日本軍がボロを出すまでに抗戦を維持できるのでしょうか?
維持できたとしても失地を奪還するにつれ、日本軍占領地の縮小と同時に、日本軍は補給線が短縮し、兵力が集中となり、戦略的に有利になり、結局、本土へ追い返すことはありえるかどうか?
たとえ最終的に日本に戦勝したとしても、時間と、犠牲と、物資の消耗は、さらに数倍に伸びるでしょう。
この点を必ず、ご認識していただきたいです。我等は、戦勝国民として傲慢に日本人と戦争を論ずる資格はありません。
→戦争被害者として、なにかを指図するではなく、ともに共存共栄を模索べきです。
→以上個人の見解
3、日本はドイツと同じことができないことは1で述べましたが、ドイツのヨーロッパにおける立場と同じことはできない。
それは、ヨーロッパは歴史の中でも、小国の集まりであり、その中、ドイツは比較的に大国であり、強国である。また、歴史の中でも、各国も滅亡(及び寸前)の経験を満喫してある。その大国かつ強国のドイツに滅亡されたとしても、コンプレックスはさほどのものではない。そして、戦後、ドイツの低い姿勢の謝罪が加わり、それで水に流すことができたわけです。
と正反対、東アジアにおいて、中国は数千年も巨大国家としてまとまっており、そして、苦い経験はさほどなかった。。。モンゴルと満州族に滅ぼされたが、いずれもそのうちに漢民族に消化されて中国人に同化されてしまったから、中国の内戦になってしまった。。。
。。。
[ひょっとしたら日本は中国を滅ぼしたらそのうちに漢民族に消化されて大和族も中国の第57個目の民族になるかも。。。日本は第32の省になったりして。。。悪くないね(笑^_^。。。冗談に決まっているよ!)]
さらに、昔日本は中国から自然科学、社会科学、文字などを学んだわけで、自然に、中国人にとってある「精神的な高位」に立っているわけです。日本に攻撃され、さらに惨敗を喫することで、弟子が師を殴った、子供が親を殴った、という錯覚を与えられている。そして、この錯覚は、今も広範囲に広まってあります。
が、1000年前に日本→中国の遣唐使のかわりに、100年前中国→日本の留学生が大挙に派遣されたことはどうやらわれらの歴史教科書に忘れられたようです。魯迅はその代表の一人です。孫文もその代表の一人です。
遡って、康有為もそうです。「こうゆうい」を打てば出ます。
18世紀中期の明治維新に学んで、わが国も1898年の百日維新をやられました。譚嗣同は逃げられるのに逃げずに梁啓超に「私は月照になり、君は西郷になれ」と言った。
→近代になり、日本は中国の師になったことは、多くの中国人に忘れられた。われらの数学、化学、物理教科書の中の数多くの内容は、日本から学んだものです。もっとも、これは日本が欧州から学んだものですが、日本のわが国への恩恵、留学生の苦労、いずれも現代人に忘れられている。
→つまり、わが国民は、日本に対して、錯覚な「高位感覚」を感じ続けている。この感覚+民族自尊心+民族自尊心の裏に潜む民族自卑感 →狭隘民族主義。民族主義、しかも狭隘の方である以上、過去を水に流す度量を持たないのは第一の特徴となります。
→わが国民の度量のなさは、日中間の死結が解かない半分の責任がある。
五分五分の分け方は非常に適当で不当かもしれませんが、イメージとして、「わたくし個人」はそう思います。
一番解決案は、それぞれ一歩を引いたら万事解決になるはずですが、そうもいかない。
日本政府にとって認めたくないことは認めたくない。
中国民衆の不信感も一日できたものではない。
なら、もう一つの方法は
→風化させる。
つまり、放っとく。
これでわたくし\xA4
1、日本の戦時官僚は占領軍の米軍に粛清されずに、後の利用のため、温存されたのです。それらの官僚が戦後日本の政治を握り、彼らの子供が今の日本の政治を握っているわけです。
→親が悪いことをしたと、素直に謝る度量があるほどの政治家は、さほど多くないです。政治家のみならず、一般人もそうです。
→謝罪は行われたものの、「公式謝罪」を行いたくない日本政府は、半分の責任を負います。
2、日本はアメリカに負けたのであり、中国に負けたわけではない。これは事実であり、わが国の歴史教科書は民族自尊心を育てるため、かつ昔の面子をまっとうするため、書いたうそです。
→日本はアメリカに宣戦布告しないかぎり、二三十年続いても日本は負けないと思います。日本軍にとって占領地域の拡大につれ、補給線と兵力維持が困難になりながらも、中国軍は果たして日本軍がボロを出すまでに抗戦を維持できるのでしょうか?
維持できたとしても失地を奪還するにつれ、日本軍占領地の縮小と同時に、日本軍は補給線が短縮し、兵力が集中となり、戦略的に有利になり、結局、本土へ追い返すことはありえるかどうか?
たとえ最終的に日本に戦勝したとしても、時間と、犠牲と、物資の消耗は、さらに数倍に伸びるでしょう。
この点を必ず、ご認識していただきたいです。我等は、戦勝国民として傲慢に日本人と戦争を論ずる資格はありません。
→戦争被害者として、なにかを指図するではなく、ともに共存共栄を模索べきです。
→以上個人の見解
3、日本はドイツと同じことができないことは1で述べましたが、ドイツのヨーロッパにおける立場と同じことはできない。
それは、ヨーロッパは歴史の中でも、小国の集まりであり、その中、ドイツは比較的に大国であり、強国である。また、歴史の中でも、各国も滅亡(及び寸前)の経験を満喫してある。その大国かつ強国のドイツに滅亡されたとしても、コンプレックスはさほどのものではない。そして、戦後、ドイツの低い姿勢の謝罪が加わり、それで水に流すことができたわけです。
と正反対、東アジアにおいて、中国は数千年も巨大国家としてまとまっており、そして、苦い経験はさほどなかった。。。モンゴルと満州族に滅ぼされたが、いずれもそのうちに漢民族に消化されて中国人に同化されてしまったから、中国の内戦になってしまった。。。
。。。
[ひょっとしたら日本は中国を滅ぼしたらそのうちに漢民族に消化されて大和族も中国の第57個目の民族になるかも。。。日本は第32の省になったりして。。。悪くないね(笑^_^。。。冗談に決まっているよ!)]
さらに、昔日本は中国から自然科学、社会科学、文字などを学んだわけで、自然に、中国人にとってある「精神的な高位」に立っているわけです。日本に攻撃され、さらに惨敗を喫することで、弟子が師を殴った、子供が親を殴った、という錯覚を与えられている。そして、この錯覚は、今も広範囲に広まってあります。
が、1000年前に日本→中国の遣唐使のかわりに、100年前中国→日本の留学生が大挙に派遣されたことはどうやらわれらの歴史教科書に忘れられたようです。魯迅はその代表の一人です。孫文もその代表の一人です。
遡って、康有為もそうです。「こうゆうい」を打てば出ます。
18世紀中期の明治維新に学んで、わが国も1898年の百日維新をやられました。譚嗣同は逃げられるのに逃げずに梁啓超に「私は月照になり、君は西郷になれ」と言った。
→近代になり、日本は中国の師になったことは、多くの中国人に忘れられた。われらの数学、化学、物理教科書の中の数多くの内容は、日本から学んだものです。もっとも、これは日本が欧州から学んだものですが、日本のわが国への恩恵、留学生の苦労、いずれも現代人に忘れられている。
→つまり、わが国民は、日本に対して、錯覚な「高位感覚」を感じ続けている。この感覚+民族自尊心+民族自尊心の裏に潜む民族自卑感 →狭隘民族主義。民族主義、しかも狭隘の方である以上、過去を水に流す度量を持たないのは第一の特徴となります。
→わが国民の度量のなさは、日中間の死結が解かない半分の責任がある。
五分五分の分け方は非常に適当で不当かもしれませんが、イメージとして、「わたくし個人」はそう思います。
一番解決案は、それぞれ一歩を引いたら万事解決になるはずですが、そうもいかない。
日本政府にとって認めたくないことは認めたくない。
中国民衆の不信感も一日できたものではない。
なら、もう一つの方法は
→風化させる。
つまり、放っとく。
これでわたくし\xA4
これは メッセージ 5225 (huiyu2003jp さん)への返信です.
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