問題の原点
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/01/13 00:34 投稿番号: [49964 / 66577]
このところ、一連の猿の発言を見ていて、つくづく思うことがある。
MSG 49915
「トカゲ氏の一連の発言:
・「私の基準」では中国は既に崩壊し、中国国民は既に消滅している。
・中国の崩壊は避けられない。
・ソフトランディング形式で”崩壊”することが中国人民のためにも望ましいとは思っています。
・もし何らかの奇跡が起きて中国が民主化し健全に発展し健全な国際社会の一員として台頭するのであればそれに越したことはない
これらのトカゲ氏の発言から中国に貴重な警鐘を鳴らしてくださる程「友好的な態度」を感じるか、
中国や中国人を軽蔑する態度を感じるかは
中国人の私と日本人のHorseさんの違いではないかと思う次第です。」
まさに、これが問題なのだろう。私は今まで一般の中国人や中国に対し侮辱を加えた覚えはない。シナと言わないし、ましてチャン○ロ等とも言ったことは無いし、言うつもりもない。中国人も才能があるのにそれが活かせないのは中共が中国人の才能を殺しているからだ、と書くことが一般の中国人を侮辱することだとは思わない。
しかるに、猿はじめここで必死に抗弁する中国人達は、とにかく中国に対する批判をするものはすなわち中国を侮辱している、侮辱をしているから反発するということらしい。批判すなわち侮辱ととらえるから、それに対しては侮辱で返す敷かなく、正当な反論など絶対にない。
たとえば
msg 49827
「>私もあなたと同様
トカゲよ。
今まで貴様が擦り寄ろうとしたドリームさんが留守しているからと言って、
Horseさんに擦り寄ろうとするのはやめてくれないか?
本当に気持ち悪いよ。
せめて「私もあなたと同様」はやめてくれよ。
頼む!」
などは完全な感情論であり、敵意をむき出しにしているだけで理性のひとかけらもない。
むろん、誰でも自国や自分たちについて悪口を言われるのは愉快ではないだろうが、ただし批判には耳を傾けた方がよい。そのうえで、もっともと思えば参考しに、違うと思えば正当に反論すればよいだろう。
中国では政治についても政府に対する反論の存在はない。ネットや地方紙などで政府がお目こぼしする程度の愚痴はあるだろうが、政府に対する批判が出来る野党が存在しない。つまりは、政府に対する批判は政府に対する敵意であり、政府転覆につながるとの考え方なのだろう。
自分を批判する存在を許していることはすなわち弱肉強食の社会では弱さを意味するという事もあるかも知れない。
批判=侮辱と反射的に考える思考方法では決して未来志向は生まれない。
一方、日本は極端とも言えるほど批判を受け入れる。かつて欧米では日本叩きのほんが相次いで出版されたが、それらが日本語訳され、売れ、挙げ句の果てには著者が日本に招かれて各地で日本叩きの講演をし、大勢の日本人が熱心に耳を傾けメモをとるという光景が見られた。
いまでもその傾向はあるが、日本叩きをしていた本人達は日本人が自分たちの劣っている点を自覚しているからだろうと考えていたらしい。しかし、日本人としては相手がどうしてそう考えるのかを知ろうとしていただけで、日本叩きをしていた連中の”提言”は見事に無視されてきた。つまり、その連中の言うことなど最初から聞く気などはなく珍しいものを見たかっただけのことなのだ。
ただし、日本人としても彼等の提言に従うのではなく、正当な批判には耳を傾けたし、自らも改良するところはしてきたようだ。
中国人が日本人による批判(だけではなく世界各国から、また海外の中国人社会からの批判)にただ反射的に敵意を感ずるのではなく、何が本当の侮辱か、何が批判なのかを建て分け、聞くものは聞いた上で、冷静に反論すれば良いと思うが、それは今の所無理だ。
どうしても批判=侮辱と思考形式から自らを解放出来ない限り、無理だろう。
MSG 49915
「トカゲ氏の一連の発言:
・「私の基準」では中国は既に崩壊し、中国国民は既に消滅している。
・中国の崩壊は避けられない。
・ソフトランディング形式で”崩壊”することが中国人民のためにも望ましいとは思っています。
・もし何らかの奇跡が起きて中国が民主化し健全に発展し健全な国際社会の一員として台頭するのであればそれに越したことはない
これらのトカゲ氏の発言から中国に貴重な警鐘を鳴らしてくださる程「友好的な態度」を感じるか、
中国や中国人を軽蔑する態度を感じるかは
中国人の私と日本人のHorseさんの違いではないかと思う次第です。」
まさに、これが問題なのだろう。私は今まで一般の中国人や中国に対し侮辱を加えた覚えはない。シナと言わないし、ましてチャン○ロ等とも言ったことは無いし、言うつもりもない。中国人も才能があるのにそれが活かせないのは中共が中国人の才能を殺しているからだ、と書くことが一般の中国人を侮辱することだとは思わない。
しかるに、猿はじめここで必死に抗弁する中国人達は、とにかく中国に対する批判をするものはすなわち中国を侮辱している、侮辱をしているから反発するということらしい。批判すなわち侮辱ととらえるから、それに対しては侮辱で返す敷かなく、正当な反論など絶対にない。
たとえば
msg 49827
「>私もあなたと同様
トカゲよ。
今まで貴様が擦り寄ろうとしたドリームさんが留守しているからと言って、
Horseさんに擦り寄ろうとするのはやめてくれないか?
本当に気持ち悪いよ。
せめて「私もあなたと同様」はやめてくれよ。
頼む!」
などは完全な感情論であり、敵意をむき出しにしているだけで理性のひとかけらもない。
むろん、誰でも自国や自分たちについて悪口を言われるのは愉快ではないだろうが、ただし批判には耳を傾けた方がよい。そのうえで、もっともと思えば参考しに、違うと思えば正当に反論すればよいだろう。
中国では政治についても政府に対する反論の存在はない。ネットや地方紙などで政府がお目こぼしする程度の愚痴はあるだろうが、政府に対する批判が出来る野党が存在しない。つまりは、政府に対する批判は政府に対する敵意であり、政府転覆につながるとの考え方なのだろう。
自分を批判する存在を許していることはすなわち弱肉強食の社会では弱さを意味するという事もあるかも知れない。
批判=侮辱と反射的に考える思考方法では決して未来志向は生まれない。
一方、日本は極端とも言えるほど批判を受け入れる。かつて欧米では日本叩きのほんが相次いで出版されたが、それらが日本語訳され、売れ、挙げ句の果てには著者が日本に招かれて各地で日本叩きの講演をし、大勢の日本人が熱心に耳を傾けメモをとるという光景が見られた。
いまでもその傾向はあるが、日本叩きをしていた本人達は日本人が自分たちの劣っている点を自覚しているからだろうと考えていたらしい。しかし、日本人としては相手がどうしてそう考えるのかを知ろうとしていただけで、日本叩きをしていた連中の”提言”は見事に無視されてきた。つまり、その連中の言うことなど最初から聞く気などはなく珍しいものを見たかっただけのことなのだ。
ただし、日本人としても彼等の提言に従うのではなく、正当な批判には耳を傾けたし、自らも改良するところはしてきたようだ。
中国人が日本人による批判(だけではなく世界各国から、また海外の中国人社会からの批判)にただ反射的に敵意を感ずるのではなく、何が本当の侮辱か、何が批判なのかを建て分け、聞くものは聞いた上で、冷静に反論すれば良いと思うが、それは今の所無理だ。
どうしても批判=侮辱と思考形式から自らを解放出来ない限り、無理だろう。
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