是非肯定すべき、大東亜戦争。
投稿者: voicemam 投稿日時: 2005/11/16 14:24 投稿番号: [46677 / 66577]
どこかのアフォな政者が「過去の大戦において、アジアに多大なる苦痛を与えたことを反省し、心ならず戦場に赴き亡くなられた方への追悼の誠をささげ・・・不戦の誓いをするために・・・」と靖国に参拝するとき決まって言う決まり文句。
そもそも、大東亜戦争の分析を行って発言しているのか。
大東亜戦争の発端を分析せずして吠えるべからす。
それらの発言は大戦の責任はすべて日本の加害者責任を認めた誤解を平民に招く。
大東亜戦争は”正しかった”。肯定できる局面は「アジア開放」に貢献したことである。
これは後付されたものでもなんでもなく、
開戦の「詔勅」の中に、アジアの永続的な平和と白人支配などによるアジアの開放の理念が書かれているのです。
http://www.geocities.jp/nakanolib/shou/ss16.htm#米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書(昭和16年12月8日)
この勅語を読むといかに日本は東アジア諸国の平和を願いまた自国の平和な共存を願っていたか又、一部抜粋すると
『中華民国政府曩ニ帝国ノ真意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ攪乱シ遂ニ帝国ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有余ヲ経タリ幸ニ国民政府更新スルアリ』
このような中華民国は日本の真意である東アジアの平和理念(アジア開放)を
理解しょうとせずむしろそれらの日本帝国のアジア平和理念を封殺しょうとする態度がにじみ出ているように思える。
詔書を紐とくとわかる。
米英帝国主義の姑息な戦略も伺える。
『米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英両国ハ残存政権ヲ支援シテ曩ニ帝国ノ真意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ攪乱シ遂ニ帝国ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有余ヲ経タリ幸ニ国民政府更新スルアリ』
まっ、能書きはこれほどとしアジア開放理念米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書(昭和16年12月8日)にもとずき、末端の兵士になればなるほど、アジア開放理念を信じて行動した人々が多かった。
実際インドネシアでは終戦後も現地に残って独立戦争に加わった日本兵もたくさんいた。
敗戦後、姑息にも下衆らしく再びインドネシアを支配しょうとしたオランダがやって来た。そこへ多くの日本兵はPETA(ペタ=祖国防衛義勇軍)という義勇軍を現地の民衆とともに作り、訓練して武器を渡し、共闘して、独立を勝ち得たのです。
もし、人類の歴史上、黄色人種が白人と戦争しなかったら、あるいは日本が日露戦争で勝ったり、アメリカと戦ってあそこまで苦しめるということがなかったら、今日までもアジアにアパルトヘイトがあったかもしれない。
オランダは300年もインドネシアを支配したんだしね。私は大東亜戦争がなかったら、アジアの白人による植民地支配がつづき植民地解放は100年は遅れていたと思う。
だからこそ、小泉は靖国に参拝するときは本来このように言うべきである。
「先の大戦における日本は確かに覇権主義的な野望もあっただろう。また、戦争を続ける過程で他国の人たちに対していくらかの強制を強いたかもしれない。
しかし、日本が掲げたアジア開放の理念のために命を投げ出した人もいる。また祖国を守るため特攻していった青年もいる。そういった人々を偉大な人とたたえるために、私は靖国を参拝する。」と言うとよい。
そもそも、大東亜戦争の分析を行って発言しているのか。
大東亜戦争の発端を分析せずして吠えるべからす。
それらの発言は大戦の責任はすべて日本の加害者責任を認めた誤解を平民に招く。
大東亜戦争は”正しかった”。肯定できる局面は「アジア開放」に貢献したことである。
これは後付されたものでもなんでもなく、
開戦の「詔勅」の中に、アジアの永続的な平和と白人支配などによるアジアの開放の理念が書かれているのです。
http://www.geocities.jp/nakanolib/shou/ss16.htm#米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書(昭和16年12月8日)
この勅語を読むといかに日本は東アジア諸国の平和を願いまた自国の平和な共存を願っていたか又、一部抜粋すると
『中華民国政府曩ニ帝国ノ真意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ攪乱シ遂ニ帝国ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有余ヲ経タリ幸ニ国民政府更新スルアリ』
このような中華民国は日本の真意である東アジアの平和理念(アジア開放)を
理解しょうとせずむしろそれらの日本帝国のアジア平和理念を封殺しょうとする態度がにじみ出ているように思える。
詔書を紐とくとわかる。
米英帝国主義の姑息な戦略も伺える。
『米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英両国ハ残存政権ヲ支援シテ曩ニ帝国ノ真意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ攪乱シ遂ニ帝国ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有余ヲ経タリ幸ニ国民政府更新スルアリ』
まっ、能書きはこれほどとしアジア開放理念米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書(昭和16年12月8日)にもとずき、末端の兵士になればなるほど、アジア開放理念を信じて行動した人々が多かった。
実際インドネシアでは終戦後も現地に残って独立戦争に加わった日本兵もたくさんいた。
敗戦後、姑息にも下衆らしく再びインドネシアを支配しょうとしたオランダがやって来た。そこへ多くの日本兵はPETA(ペタ=祖国防衛義勇軍)という義勇軍を現地の民衆とともに作り、訓練して武器を渡し、共闘して、独立を勝ち得たのです。
もし、人類の歴史上、黄色人種が白人と戦争しなかったら、あるいは日本が日露戦争で勝ったり、アメリカと戦ってあそこまで苦しめるということがなかったら、今日までもアジアにアパルトヘイトがあったかもしれない。
オランダは300年もインドネシアを支配したんだしね。私は大東亜戦争がなかったら、アジアの白人による植民地支配がつづき植民地解放は100年は遅れていたと思う。
だからこそ、小泉は靖国に参拝するときは本来このように言うべきである。
「先の大戦における日本は確かに覇権主義的な野望もあっただろう。また、戦争を続ける過程で他国の人たちに対していくらかの強制を強いたかもしれない。
しかし、日本が掲げたアジア開放の理念のために命を投げ出した人もいる。また祖国を守るため特攻していった青年もいる。そういった人々を偉大な人とたたえるために、私は靖国を参拝する。」と言うとよい。
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