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natsumesousaki_hk

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/09/22 15:29 投稿番号: [43980 / 66577]
  いろいろ考えてみたけど、これで

  原詩原文を「読む」と、読み下しの「ヨミ」の違いを説明できなければ、もうあなたに説得するのを止めます。


  いいですか?これは道真の「詩友会飲む同賦・・・」をタイトルとする詩の最後二句です。


  大底詩情多誘引   おほむね   詩情はおほく   誘引せられ  

  毎年春月不居家   としのはの   春月   家にをらず


  言うまでも無く、「大底」の詩句は一目で白居易の詩「大抵四時心総苦、就中断腸是秋天」を、読み込んだと分る。あまりにも有名だから。当然『和漢朗詠集』にもあるし・・・

問題は、「大底」という言葉です。

それは「大抵、おほよそ、おほむね、おほかた、一般」と様々に充てられますね。

  小島憲之の『王朝漢詩選』には   「おほむね」と読み下しているが、他の詩人の詩に必ずしも「おおむね」と読まない。

  「おおかた」の可能性もあり、「一般的」と読むのも可能ですね。


  もうこれで微妙にニュアンスが違ってきますね。人によって違う読みも許されるし、感じ方も違ってくるだろうと、正常なヨミではないかと、いうかもしれない。

  しかし、漢語の場合、そんな幾つの意味に読まれない。「大抵」でいいいっぱいです。

  日本語の歌語に読み直すと、「おほかた」としか読めない。

  おほかたに過ぐる月日をながめしは我が身に年の積るなりけり     新古今・雑・1585・慈覚大師

 

  のように、「おおよそ、概ね、一般」などが入る余地はない。歌語じゃないからです。歌語なら歌語の使用と制約があるから。

  この同じ意味の「大底」は、漢詩原文になら制約というより、その言葉が出たら、結び方がどうなってくるか、すぐに分ります。

  極言すれば、意味の繋がりで、「大底」を読むだけで、あとのことは読まなくても大体推測できるということです。


  「おおむね」のヨミにすれば、出来るのだろうか。出来ないだろう。後のことを推測するのは歌語の「おおかた」となるのだろう。


  「昔は遠く」といったら、後は何が続くか?

  「見ぬ人」はだれのことだろうか?

  「見し人」はだれだろうか?


  「見し世」と「見しよ」とは、どう違うのだろうか。



  漢語の詩語に、詩語と詩語の繋がりに類似の語感があるからです。


  漢語として詩語の意味の連鎖を体得するには、原詩をそのまま読むしかないのよ。

  読み下し文にはそれが切れ切れになるのよ。



  そこが原詩の漢語読み、と読み下しのヨミとを、区別したいところです。

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