ニーハオ様のお話
投稿者: drchobihige 投稿日時: 2005/09/22 02:00 投稿番号: [43963 / 66577]
はじめまして。
突然、絡む様で申し訳ないのですが。
10年程前…香港にて。
女人街と言う所を歩いていて私も年配のご婦人に睨まれました。
その時、ニーハオ様と同様の気持ちが過ぎりました。
でも、その直後に寄った‘バードストリート’では、同じ位のやはりご婦人に、「どこから来たの?」と尋ねられ「日本から。」と答えたら(英語です)その後随分といろいろ鳥の事や名産の事を丁寧に教えて下さいました。
15年位前、ホノルルにて。
ワイキキで現地の老夫婦の方にヒョンな事で知り合い、パールハーバーの一件について尋ねました。
「子供の頃、すぐ近くに住んでいて、ものすごく怖かった。でも昔の事だから…」みたいなことを聴きました。
30年位前…これは父の体験です。
韓国の税関で出国時に、免税店で買ったウィスキーを「日本人だから。」という理由(だと言われたそうです)で開けられて一口ラッパ飲みされたそうです。
実家には今でも、そのあと貼ったセロテープのままのボトルが手をつけずに置いてあります。
戦争の被害に会った人(どこの国とか関係無く)は、それを過去の出来事として、現在を見るか、それとも分ける事ができず引きずっているか…個個人によって違うと思います。
私の個人的な気持ちとしては、「今現在社会人として対等に、充実した生活をしている人は過去は過去として、消化している。」と思います。
中国人で被害に会った人全てが、全ての‘日本’に恨みを抱いている…とは思いません。まあ、そう考える人がいるのも現実なのでしょうが。
父は、身銭をはたいて買ったウィスキーは恨めしそうに見てますが、韓国人を恨んではいません。
例えが極端です、ね。
稚拙な文で失礼しました。
これは メッセージ 43959 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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