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>>>>>>切ると斬る

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/09/10 20:02 投稿番号: [43329 / 66577]
> 南京裁判(東京裁判ではありません)での処刑理由が
捕虜や非戦闘員の殺害であることはご存知ですよね?

東京裁判は言うに及ばず、あくまで百人斬りが事実であったか虚構かの論争です。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_nankinziken_hyakuningiri .htm
に、発端となった東京日日新聞の記事概要があります。

「第1報 1937.11.30日付け朝刊
  常州にて29日浅海、光本、安田特派員発として、「百人斬り競争!   両少尉早くも80人」の見出しで、概要「その第一線に立つ片桐部隊に『百人斬り競争』を企てた2名の青年将校がある。無錫出発後早くも1人は56人斬り、1人は25人斬りを果たしたといふ。野田少尉は無錫を距る8キロの無錫部落で敵トーチカに突進し、4名の敵を斬って先陣の名乗りをあげ、これを聞いた向井少尉は奮然起ってその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み55名を切り伏せた」。
 
第2報 1937.12.4日付け朝刊
  丹陽にて3日浅海、光本特派員発として、向井少尉が「丹陽中正門の一番乗りを決行した」と記事にされている。
 
第3報 1937.12.6日付け朝刊
  句容にて5日浅海、光本両特派員発として、「   ”百人斬り”大接戦    勇壮!向井、野田両少尉 」 という見出しで、「勇壮な」向井、野田両少尉が軍刀を前にした姿を写真入りで大きく紹介していた。
 
第4報 1937.12.13日付け朝刊
  紫金山麓にて12日浅海、鈴木両特派員発として、「百人斬り”超記録”   向井106−105野田   両少尉さらに延長戦」の見出しで、「野田『おいおれは105だが貴様は?』、向井『おれは106だ!』   両少尉は”アハハハ”   結局いつまでにいづれが先に百人斬ったかこれは不問、 結局『ぢゃドロンゲームと致さう。だが改めて150人はどうぢゃ』 (向井少尉は)『俺の関の孫六が刃こぼれしたのは一人を鉄兜もろとも唐竹割りにしたからぢや・・・』と飛来する敵弾の中で106の生血を吸った孫六を記者に示した」。

中国の抗日記念館にはここで触れられている二人の少尉が軍刀を持って立っている写真と共に、記事内容を事実として展示しています。

試し斬りがあったかあったか無かったかを私は論じているわけではありません。この問題は別に分けて論ずるべきであり、また私も試し斬りが無かったと言っているのではないと再三繰り返しています。

百人斬りが南京虐殺事件の象徴的事件として採りあげられ、南京虐殺が事実であるために百人斬りが事実でなければならないとする中国側の姿勢が問題なのであって、ここで試し斬りを関連づけなければならない理由はありません。

百人斬りは戦闘中の出来事であり、単に刀の切れ味を試すために抵抗の出来ない相手や一般市民を試し斬りにした事と同列に論ずる事は無理です。
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