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注げども注げども・・空しいね

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2005/08/19 02:16 投稿番号: [41780 / 66577]
41742 tokaちゃんのお言葉
>それはさておき、猿君(・・tokaちゃん)も、かりに反対意見でも相手から学ぶ姿勢を知恵として身につければ、賢い猿(・・tokage)だと言われるようになるよ。

どこで聞いたのか、何で読んだのか?   以下の話の出どころは忘れてしまった。多分、禅宗の講話かなんかだろう。

その修行僧は若者ながら、おのれの才気を自負してやまず、才知にたけて自信満々。
智慧深い高僧がおられると聞き、是非にも教えを乞(こ)わんと願い、門を敲(たた)いて訪ねたが、その実、内心、その高僧の智慧の如何(いかん)を試してみようとの、不遜の思惑(おもわく)無きにしも非ず。

修行僧は門をくぐって、高僧の前に対座した。小僧が湯飲みを差し出し、白湯(さゆ)を注(そそ)いだ。湯飲みの底に、ほんの少し。その少なさに修行僧が怪訝(けげん)な顔をすると、高僧は小僧を叱って言った。
「少ないと言っておられる。もっと注いで差し上げなさい。」
小僧が更に注ぐと、高僧は言う。
「まだ足りないと言っておられる。さらに注いで差し上げなさい。」
小僧を叱ること数回、注いで注いで、やがて、湯飲みはいっぱいになって、白湯は湯飲みの外にこぼれようとする。

「あっ、こぼれる〜・・」と、修行僧が思わず叫んだところで、高僧は修行僧の顔を見つめながら
「ほほーう、ご存じであったのか・・こぼれると云うことを」と言ったのだ。

その一言に修行僧は打ちのめされ、その場にひれ伏し、おのれの傲慢不遜の態度を深く詫びたのであった。

つまり、何かを学びたいと言うのであれば、その前に自分の頭の中を空(から)にしておくだけの謙虚さがなければならない。
頭の中に古い知識を詰め込むだけ詰め込んでおいて、これ以上、何が入ると言うのだ。詰まっておれば、それ以上、見れども見えず、聞けども聞こえずなのだ。学ぶには「空っぽ」で臨まねばならないと云うことを教えている。

杯(さかずき)ほどの小さな器(うつわ)、湯飲みほどの器、丼(どんぶり)ほどの器なのか?   おのれの器量は如何ほどなのか?
それを知らねば、注げども注げども、学べども学べども、こぼれるばかりで中身は増えない。
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