台湾独立-1
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/02/08 17:23 投稿番号: [4133 / 66577]
まず、一言。
台湾独立支持を「偽善者」と規定することについて、そう規定されている方々の「偽善」の意味が理解不能です。「善」と「偽善」の定義、また、「偽善」をいかに適用して台湾独立支持が偽善呼ばわりされねばならぬのか、言葉の定義、その適用、シニフィアンとシニフィエなど、精確に的確にご説明願いたい。できますか?
中共の連中は、一面的に物事を考える性質がある。これは、南京問題にしても、南京肯定派が挙げる根拠が常に一方面からのモノであり、完璧にニセモノである資料写真を根拠としている場合、それらを的確に適切に削除せず、いまだに根拠に挙げている事実などから、理解できる。南京問題をここで云々するのではなく、こと、中共連の思考回路の問題としてただ挙げているに過ぎない。
また、招魂社問題しかり。常に視点が一方向である。
さらに、民族感情を理性面、論理面まで波及させ、ことの論理的会話を阻断する。
また、台湾独立問題しかり。
こうした中共連の思考回路が、物事を自己本位に歪曲させ、それをさらに薄弱な根拠の下に展開させようとするのだが、論理性が希薄なため、どうしても民族感情、民族主義さらには中華思想による、論理からの飛躍を図らねば、意見の主張さえできない。それは、中共出身者たち、華僑を含むわけだが、並びに、政府、共産党、軍部にいたるまで、同様な閉塞思考回路で物事を「自分に都合の悪い部分を排除」することによって主張してきた歴史的な経緯がある。これは言葉によって歴史が祖述されて以来綿々と続く中国系の悪弊である。
特に、台湾独立について、中華人民共和国シンパの日本人を含め、中共出身者たち(含華僑)の、論拠は合理性、論理性が無いのみならず、その一方向からの非常に狭い視野での(つまり都合の悪い部分を排除するゆえに狭くなるのであるが)、説(論理性に欠けるので論とは呼べず、ただ、説と称したい)は、全体から見れば、中共政府にせよ、非常に幼稚なものである。
1971・1972年が中華民国と中華人民共和国が国連で入れ替わった、いわば節目である。中共の主張によれば、国連は主権国家のみで構成されるので、72年以降、中華民国は国連から排除されたわけであるが、71年前の状態では、中華人民共和国は国連によって主権国家として認知されていなかったことを同時に認めるものでもある。では、71年と72年の間に、中華民国と中華人民共和国の間で主権委譲が行なわれたか?というとそうではない。では、71年以前の国連の決定、中華民国を主権国家として認めた事実は、国連の間違いなのか?過失なのか?「ひとつの中国」という幻想的国家像の下で、単に北京と台北に分裂した政府が存在するとした場合、その主権の正当性はどうなるのか?また、一般的国家の定義はいかなるものなのか?
国連にそれだけの正当性、権威があるのなら、71年前の中国についての過誤をいかに説明しているのか?また、それは論理的なものなのか?など、さまざまな問題をひとつひとつ吟味していかねばならない。
さらに、「その」国連が認めている、民族自決権の問題、また、台湾独立運動の存在、なども、考慮されねばならない。そうした十分な考慮、検討は、残念ながら当時の国連では論議されていない。非常に不十分な論理的根拠、また、国連としての人権的配慮などに、現在から見ても欠けている、まさに過誤に満ちたものである。
国連のさまざまな過誤を国連に認めさせ、その声明を国連にださせ、かつ、徹底的に論理的に、制度面での問題、実際面での問題などを討議する必要があるのは明白である。
現実論として、国連が、たった2300万であるが台湾の住民の意思を否定した発言や行動を示した場合、国連は自らが認めている民族自決権、人権的配慮など、国連の基盤となるほとんどの根底的なモノを自らが否定するということとなる。
台湾独立について、招魂社について、また、南京問題についても、しかり。
中共出身者たちは、少なくとも、知性があるのなら、物事を「多層的」、「複眼的」に検証し、説明すべきである。
根拠の精査、根拠の妥当性の検証、また、制度面、法制面からのみならず、現実面からも物事は判断せねばならない。例えば、現在の法に照らして違法であるからといって、数百年、数十年続いている人間の営為をばっさり切ることはできない。法の根拠、制度、実施、適用など、さまざまなアスペクトがあり、それらが複合的に絡み合っているのが現実である。
残念ながら、こうしたさまざまな問題に対し、中華人民共和国の政府、共産党、軍部、出身者(含華僑)、また、中華人民共和国シンパからは、いまだ、「マトモ」な論拠さえも出されていないのが現実である。
台湾独立支持を「偽善者」と規定することについて、そう規定されている方々の「偽善」の意味が理解不能です。「善」と「偽善」の定義、また、「偽善」をいかに適用して台湾独立支持が偽善呼ばわりされねばならぬのか、言葉の定義、その適用、シニフィアンとシニフィエなど、精確に的確にご説明願いたい。できますか?
中共の連中は、一面的に物事を考える性質がある。これは、南京問題にしても、南京肯定派が挙げる根拠が常に一方面からのモノであり、完璧にニセモノである資料写真を根拠としている場合、それらを的確に適切に削除せず、いまだに根拠に挙げている事実などから、理解できる。南京問題をここで云々するのではなく、こと、中共連の思考回路の問題としてただ挙げているに過ぎない。
また、招魂社問題しかり。常に視点が一方向である。
さらに、民族感情を理性面、論理面まで波及させ、ことの論理的会話を阻断する。
また、台湾独立問題しかり。
こうした中共連の思考回路が、物事を自己本位に歪曲させ、それをさらに薄弱な根拠の下に展開させようとするのだが、論理性が希薄なため、どうしても民族感情、民族主義さらには中華思想による、論理からの飛躍を図らねば、意見の主張さえできない。それは、中共出身者たち、華僑を含むわけだが、並びに、政府、共産党、軍部にいたるまで、同様な閉塞思考回路で物事を「自分に都合の悪い部分を排除」することによって主張してきた歴史的な経緯がある。これは言葉によって歴史が祖述されて以来綿々と続く中国系の悪弊である。
特に、台湾独立について、中華人民共和国シンパの日本人を含め、中共出身者たち(含華僑)の、論拠は合理性、論理性が無いのみならず、その一方向からの非常に狭い視野での(つまり都合の悪い部分を排除するゆえに狭くなるのであるが)、説(論理性に欠けるので論とは呼べず、ただ、説と称したい)は、全体から見れば、中共政府にせよ、非常に幼稚なものである。
1971・1972年が中華民国と中華人民共和国が国連で入れ替わった、いわば節目である。中共の主張によれば、国連は主権国家のみで構成されるので、72年以降、中華民国は国連から排除されたわけであるが、71年前の状態では、中華人民共和国は国連によって主権国家として認知されていなかったことを同時に認めるものでもある。では、71年と72年の間に、中華民国と中華人民共和国の間で主権委譲が行なわれたか?というとそうではない。では、71年以前の国連の決定、中華民国を主権国家として認めた事実は、国連の間違いなのか?過失なのか?「ひとつの中国」という幻想的国家像の下で、単に北京と台北に分裂した政府が存在するとした場合、その主権の正当性はどうなるのか?また、一般的国家の定義はいかなるものなのか?
国連にそれだけの正当性、権威があるのなら、71年前の中国についての過誤をいかに説明しているのか?また、それは論理的なものなのか?など、さまざまな問題をひとつひとつ吟味していかねばならない。
さらに、「その」国連が認めている、民族自決権の問題、また、台湾独立運動の存在、なども、考慮されねばならない。そうした十分な考慮、検討は、残念ながら当時の国連では論議されていない。非常に不十分な論理的根拠、また、国連としての人権的配慮などに、現在から見ても欠けている、まさに過誤に満ちたものである。
国連のさまざまな過誤を国連に認めさせ、その声明を国連にださせ、かつ、徹底的に論理的に、制度面での問題、実際面での問題などを討議する必要があるのは明白である。
現実論として、国連が、たった2300万であるが台湾の住民の意思を否定した発言や行動を示した場合、国連は自らが認めている民族自決権、人権的配慮など、国連の基盤となるほとんどの根底的なモノを自らが否定するということとなる。
台湾独立について、招魂社について、また、南京問題についても、しかり。
中共出身者たちは、少なくとも、知性があるのなら、物事を「多層的」、「複眼的」に検証し、説明すべきである。
根拠の精査、根拠の妥当性の検証、また、制度面、法制面からのみならず、現実面からも物事は判断せねばならない。例えば、現在の法に照らして違法であるからといって、数百年、数十年続いている人間の営為をばっさり切ることはできない。法の根拠、制度、実施、適用など、さまざまなアスペクトがあり、それらが複合的に絡み合っているのが現実である。
残念ながら、こうしたさまざまな問題に対し、中華人民共和国の政府、共産党、軍部、出身者(含華僑)、また、中華人民共和国シンパからは、いまだ、「マトモ」な論拠さえも出されていないのが現実である。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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