>日中友好の間で>日中友好の歴史
投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/02/03 19:49 投稿番号: [4075 / 66577]
>日本には、蒋介石と戦争したのに、中国での中共と国民党での争乱から、敗戦後のアメリカの戦略も絡んで、台湾政府関係者と日本の財界や権力層の絆が出来てきました。蒋介石自身が「天皇を裁判にかけろ・・・」と大声で叫んだのが、いつか日本の右翼層と「仲よしこよし」なったのです。
この部分については、調査しなおして訂正した方が良いと思いますが・・・。
下記のサイトを提供します。
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蒋介石と交わした約束
http://kyushu.yomiuri.co.jp/genyou/gen/gen-04.htm上記サイト内より抜粋。
太平洋戦争が終わった45年8月15日。日本で終戦の玉音放送が流れる1時間前、蒋介石は、抗日戦の最前線から全世界へ向けて演説した。
「全国の同胞は既往をとがめず、徳を以て怨(うら)みに報いるということを心得るべきである」
蒋介石は、日本に対する賠償請求権を放棄。それが、他の国からの底知れない請求にも歯止めをかけた。
焦土から立ち上がった日本は、やがて「奇跡の経済復興」へ向けて踏み出す。戦後日本は蒋介石の「以徳報怨」によって救われたとも言える。
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頭山満と政治結社「玄洋社」のサイト
http://kyushu.yomiuri.co.jp/genyou/genmain.htm明治の自由民権運動からなる日中友好史の良い資料です。
これは メッセージ 4071 (amanojyaq05 さん)への返信です.
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