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立場の違いによって結論が逆転する

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/29 13:49 投稿番号: [38017 / 66577]
  同じことでありながら、立場の違いによって、また考え方によって結論は逆転するのではないか?

  「先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼する」

  とする天皇の言葉ですが、

  ここでは「死んでしまった」人を一括し、平等(というか?)に追悼する、という意味であり、もしかすると被害者の方への配慮を滲ませているかもしれない。

  だが、そこの意味が正確に訳さないとただ字面通りに訳してしまえば、正に「被害者と加害者」の違いを無(薄める)にする意味に読めなくもない。

  そうすると「被害者」側の目から見ればアリガタ迷惑になる、ということではないか?

  すきがあったのはここだと思う。

  ここが批判された「隙」です。あえて言うなら、死者は死者ですけれど「一緒にするな」という意味ですね。

  それはいえるかどうかによって、議論がまた違ってくる。

*************************************ここで一区切りをしましょう。

  さらによく出てくる話ですが、日本ではどうのこうの、中国ではどうのこうの、と中日文化的違いが提起される。まさに貴方のようなスタイルで。

  まあ文化レベルの違いと、ただの習慣(巷に溢れた風説、風聞)の違い、これも区別した方がいいかもしれない。

  例えば
  >「日本人の場合、仏教によって死者は仏となり」<

  そこには異論の挟む余地もあろう。

  仏教での意味からすれば直ちに「死者は仏」にはならないのです。

  仏教にはやはり悪人、善人の違いをちゃんと付けている。

  「悪人成仏」には前提、条件があり、例えば『法華経』提婆達多品に説かれたように、提婆達多の悪人、さらに畜生も成仏できるのは、条件がある。

  死んだら仏という、安易な考え方ではないと思う。

  「皆   提婆達多、善知識に因るが故なり」といったのもそうであり、蓮華比丘尼が提婆達多に対して「汝、仏に罪を詫びねばや」というのも、そのためである。

  懺悔に縁ったり、善縁に縁ったり、功徳を積んだりしてから始めて成仏できるのです。

  もし貴方は日本が仏教に則りというのなら、即ち祭られたA級戦犯はあくまでも悪人であるという考え方が下敷きにある、ということになります。

  しかし日本人は本当にそう思っているのだろうか?当然彼らを「悪人」と思ってというか、その範疇に入れる人もいるけれど、

  つまり「死んだら仏」という考え方がただ日本の慣習に過ぎない。日本文化といえば其れまでですが、其れを持って中国人を説得するには、かなりあやふやです。

  要は是、非(善悪)の区別なくすことができない。ただ日本の文化(慣習)に従えというなら、日本国内だけに限るのだろう。

  中日の死者に対する違いは、絶対視してはどうかと思う。

  「死者を鞭で打つ」・・・それはあくまで悪人に対する憎悪感情の表し方の極端な例の一つ。決して習慣でも文化でもない。

  そういう極端な例を挙げてごく普通の民衆レベルの慣習、文化を説明できないのではないか。


  真っ向から説明してくれるなら、その真意は伝わると、僕は思う。だけれども仏教の其れを持って誤魔化そうとするなら、相手の反感を買うだけになると思う。

  どうも「死んだら仏」という説明は、A級の自己正当化するための一方便に過ぎないと思うが、如何?

  以上、正しいかどうか分らないが、一個人の認識です。


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