ディベートとその目的
投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2004/01/20 10:27 投稿番号: [3799 / 66577]
あまり非を認めない人は結局最後に残される。
ディベートの解釈、gogai3000さんがわざわざ、英語辞書から印用し、曰く誰々のそれは、ディベートではないと。
公的場所での議論なら当然対等的な立場が要求される。一問一答が基本。一問多答が有りうるが、こぞと何人も出てきて質問したら、当然対等的でなくなります。この点、あなたの国会での諮問場面を思い出してください。人数が対等的ではないと私は思います。
もう一つ、こぞと出てきて、揶揄交じり、明らかに相手を不利な立場に追いつめたりするのは、ディベートの目的から離れ、相手を虐める暴力と受け取ります。単純に力関係から見ると、それも一人を相手とって、何人もの人がやるのは、明らかに対等的ではないこと。この点からいうと、あなた達のやり方に疑問を感じ、理論以前のモラルの所に非があると思うわけです。
中国人の想法を解明したいというのですが、自分でやってください。私はあなた達のやり方からあなたの「想法」を垣間見る。解明・・・そんなに意味あることか?
これは メッセージ 3749 (guwanpin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/3799.html