アダム・スミス
投稿者: assocy 投稿日時: 2005/06/28 01:03 投稿番号: [37895 / 66577]
スミスやケネーは資本の価値も労働に還元しました。ウィリアム・ぺティもです。リカードもそうです。しかし、彼らはもちろん社会主義者でも、共産主義者でもありません。
ロックも初歩的ですが、労働価値説を展開しています。ルソーと違って彼に社会主義的、あるいは共産主義的傾向を見るのは無理があります。
平等は自由の要件として、ある程度までは必要なだけで自由以上に価値があるわけではありません。マルクスも画一的な平等を称揚しているわけではありません。ほとんど最晩年といっていい時期に書いた「ゴータ綱領批判」において、人それぞれに違っている労働量に応じた分配や人それぞれに違っている必要性に応じた分配を提唱しています。
労働量は能力に応じるとしていますが、能力当然人により違いますから、労働量に応じてぷんパイすれば、受け取るものも人それぞれです。
必要性に応じての分配も当然、受け取るものは人それぞれとなります。マルクスの残したものを虚心に読めば、所得や財産の均分などマルクスの是とするところでなかったことは明らかです。
労働に価値を置く、価値を置くといいますが、マルクスにあっては価値よりも使用価値が重要です。そして真の経済的富は自由時間です。
これは メッセージ 37888 (tokagenoheso さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/37895.html