つぶやき。。
投稿者: horse_224 投稿日時: 2003/12/04 18:26 投稿番号: [3013 / 66577]
ざっと、一通り読んで思ったこと。(独り言みたいなものなので、あまり突っ込まないでください。)
以前、確かWANGさんが投稿されていたと思うのですが、発展にしろ、民主にしろ、また正義にしろ、同じ言葉でも国情によって、その意味またはそれを目指すための方法論が、全くもしくは微妙に違ったりするのではないかと思います。
本来であれば、一国の内政に関しては、その国情に応じた速度と方法で、勝手にやってゆけば良いことで、他国がとやかく言う筋合いのものではないのですが、既にお互いの国がお互いに係わり合いを深めており、どうにも手を引けない状況になっているのであれば、やはり互いに苦虫を噛み潰してでも、妥協して手を握り合わなければならないことも多いのではないかと思います。
極端な言い方ですが、多くの先進諸国で通用している基準を無視して、金や技術などの旨みだけを搾り取るのは無理な話ですし、また、後進国の国情を無視して、安全で安価な労働力だけを手に入れるというのも無理な気がします。
お互いが、お互いの国情を理解した上での、初めての友好であり、相手が希望する場合は別として、自分の好みを相手に押し付けるというのは、摩擦以外の何物も生みまないと思います。
お互いに謙虚さの欠けた関係というのは、商業ベースでは我慢できても、国民個々の感情ベースではなかなか納得がいかないもののような気がします。 その不満がこういう掲示板で現れるのではないでしょうか。(個人的には日本人は、過度に謙虚だと思いますが。)
最終的に、国民(または人民)が目指す生活は、いずれの国も大差ないと思います。 ただ、それを既にある程度達成し、1,2世代を経過している国と、これからそれを目指そうという国とでは、同じ事象を捉えたときに、会話のスタート時点の道徳観にかなり大きな差があるのではないでしょうか。
かたや130年以上前から、既に民主の息吹があり、7,80年前のほんの一時期を除き、その体制が失われなかった国。 かたや、ここ最近ようやく民主の息吹が見え始めた国。 人命の価値に大きな開きが有る両国。 時代を遡れば、独裁から民主への移行の過程で、どの国にも大なり小なりの波乱や国民の犠牲というのはあったはずです。
本来であれば、そういう波乱の時代を経て、真の安定や民主が勝ち取られてゆくのが大方の歴史なのでしょうが、大きすぎる国家、目立ちすぎる国家であるがゆえに、波乱そのものが許され難い状況に追い込まれてしまっている。 また、自身としても、先進各国との関係を今後更に発展させてゆこうと思えば、信用を失墜するような大きな波乱を避けて、徐々に安定へと持ってゆきたい。(難しいかもしれないが、身近にそれを達成した例があるはず。)
これが、比較的規模の小さな国で、経済上も他国に影響を与えない国であれば、さして注目もされず、脅威にも思われないのでしょうが、現実問題として、「うちの勝手でしょ。」では済まなくなってしまっている。 他国の援助や投資は必要無いとも言えないし、他国も関係を断ち切るわけには行かない。
結局のところ、かたや(卑屈ではなく謙虚に)頭を垂れて歩み寄り、かたや傲慢にならず忍耐強く対応するしか方法が無いように思えます。 「すぐにやれ!」というのも無理な話。 また逆に「仕方が無い!」と開き直るなどもってのほか。 押し付けや、開き直りや、責任転嫁は、問題の解決につながらないだけではなく、必ず問題の再発へ結びつきます。
バランスの取れた対話というのは、本当に難しいですね。。。というか、長文を書くとどうも支離滅裂になってしまう。。。何が言いたいのやら。。。(苦笑)
以前、確かWANGさんが投稿されていたと思うのですが、発展にしろ、民主にしろ、また正義にしろ、同じ言葉でも国情によって、その意味またはそれを目指すための方法論が、全くもしくは微妙に違ったりするのではないかと思います。
本来であれば、一国の内政に関しては、その国情に応じた速度と方法で、勝手にやってゆけば良いことで、他国がとやかく言う筋合いのものではないのですが、既にお互いの国がお互いに係わり合いを深めており、どうにも手を引けない状況になっているのであれば、やはり互いに苦虫を噛み潰してでも、妥協して手を握り合わなければならないことも多いのではないかと思います。
極端な言い方ですが、多くの先進諸国で通用している基準を無視して、金や技術などの旨みだけを搾り取るのは無理な話ですし、また、後進国の国情を無視して、安全で安価な労働力だけを手に入れるというのも無理な気がします。
お互いが、お互いの国情を理解した上での、初めての友好であり、相手が希望する場合は別として、自分の好みを相手に押し付けるというのは、摩擦以外の何物も生みまないと思います。
お互いに謙虚さの欠けた関係というのは、商業ベースでは我慢できても、国民個々の感情ベースではなかなか納得がいかないもののような気がします。 その不満がこういう掲示板で現れるのではないでしょうか。(個人的には日本人は、過度に謙虚だと思いますが。)
最終的に、国民(または人民)が目指す生活は、いずれの国も大差ないと思います。 ただ、それを既にある程度達成し、1,2世代を経過している国と、これからそれを目指そうという国とでは、同じ事象を捉えたときに、会話のスタート時点の道徳観にかなり大きな差があるのではないでしょうか。
かたや130年以上前から、既に民主の息吹があり、7,80年前のほんの一時期を除き、その体制が失われなかった国。 かたや、ここ最近ようやく民主の息吹が見え始めた国。 人命の価値に大きな開きが有る両国。 時代を遡れば、独裁から民主への移行の過程で、どの国にも大なり小なりの波乱や国民の犠牲というのはあったはずです。
本来であれば、そういう波乱の時代を経て、真の安定や民主が勝ち取られてゆくのが大方の歴史なのでしょうが、大きすぎる国家、目立ちすぎる国家であるがゆえに、波乱そのものが許され難い状況に追い込まれてしまっている。 また、自身としても、先進各国との関係を今後更に発展させてゆこうと思えば、信用を失墜するような大きな波乱を避けて、徐々に安定へと持ってゆきたい。(難しいかもしれないが、身近にそれを達成した例があるはず。)
これが、比較的規模の小さな国で、経済上も他国に影響を与えない国であれば、さして注目もされず、脅威にも思われないのでしょうが、現実問題として、「うちの勝手でしょ。」では済まなくなってしまっている。 他国の援助や投資は必要無いとも言えないし、他国も関係を断ち切るわけには行かない。
結局のところ、かたや(卑屈ではなく謙虚に)頭を垂れて歩み寄り、かたや傲慢にならず忍耐強く対応するしか方法が無いように思えます。 「すぐにやれ!」というのも無理な話。 また逆に「仕方が無い!」と開き直るなどもってのほか。 押し付けや、開き直りや、責任転嫁は、問題の解決につながらないだけではなく、必ず問題の再発へ結びつきます。
バランスの取れた対話というのは、本当に難しいですね。。。というか、長文を書くとどうも支離滅裂になってしまう。。。何が言いたいのやら。。。(苦笑)
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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