ヒルトンnihao_aq_jpという腐敗のサンプル
投稿者: Mishi_Mishi_01 投稿日時: 2005/02/08 05:58 投稿番号: [23828 / 66577]
>>中国人に日本語教えると言うなら、ワシはプロだよ。わしの前にて間抜けな嘘などついてくれるな。悲しくなるぞよ。<
なるほど、『ワシはプロだよ』とまで言うのなら、実際に日本語を教えていたのか、あるいは彼の場合、“プロ”という言葉の正しい意味を知らないのか、どちらかでしょうね。
先日、某大学に勤務している友人を訪ねていったところ、ちょうど食事時でもあったため、その大学のカフェテリアで食事をする機械がありました。
値段も安く、味もけっこういける内容で、清潔な食堂でした。
お昼時で混雑していた事もあって、良く見ると、明らかにその大学の教職員と思われる3人の男性が、自分の選んだ料理のお盆を持って、食堂の一角に立って席が空くのを待っています。
その傍らでは、学生達がテーブルを占領し、食後のタバコを一服していました。
それを見て『凄いなぁ、学生が食べ終わるのを、教職員がじっと待っているのか』と言うと、友人は『だって、席があいてなきゃあ、仕方ないだろ。』と答えます。何を当たり前の事に感心しているんだ、とでも言いたげな様子。
友人は、私が何に驚嘆したのか全然気づいていないのです。
これが中国だったら、教師が食堂で席が空くのを待っているということは、絶対に考えられません。そんな事があれば、周りの学生達は争って席を立ち、教師に場所を譲るでしょう。
そのくらい、学内では教師は権威があります。
また学生の方も、そうやって教師におもねるのが当然、という雰囲気があります。
ですから中国では、文字通り教師は“三日やったらやめられない”職業ですね。
周りの人間がちやほやとしてくれるのは、それなりに快適なものです。無神経な人間ならば、まだ食事中の学生を立たせて、自分達がテーブルを占領する事もなんとも感じないようになります。
中には、『俺はこうやって特別扱いされるのが当然の、選ばれた人間なのだ。』と勘違いする奴も出てくるのでしょう。
これは何も、大学だけに限った話ではありません。
中国の社会では、どこでも共通して見られることです。
一たび特権を享受できる側に回ってしまえば、ひょっとしたら中国ほど快適な社会は無いかもしれません。
何せそんな事とは縁の無い、恵まれない人民の方が、数としては圧倒的多数なのですから、そういったシモジモの者達を横目で身ながら、公費で飲み食いできる宴会をやったり、一等客車で物見遊山の旅行を楽しんだりするのは、いかに自分が“出世”したか、を確認できて、二重に楽しいのでしょう。
現代中国では、外国人は特別に優遇される存在ですし、経済的な後ろ盾がありますから、日本人はたやすく、この“特権を享受できる側”に回る事が出来ます。
地元の顔役と親しくなれば、どこへ行くにも指しまわしの車で移動できますし、泊まるところは西洋風の快適なホテルを利用する事が出来ます。どうかすると、一銭も費用を要求されない事もあります。
本人はこれでもう、『俺は中国社会を上手く利用している』と有頂天になっていたりするのですが、視点を変えてみればこれは、あの国の腐敗の構造の一部品になってしまっている、と言う事なんですよね。
『部品』は、『全体』を否定する事は出来ません。考える事は、全体の中で、自分がどう上手く立ち回り、甘い汁を吸う事ができるかだけです。
目の前にどんな腐敗、どんな虚構があっても、怒らず、気が付かないそぶりでやり過ごし、ただひたすら、体制の継続のみを願う……、そういった生き方。
ただ、それに徹するためには、日本人としては強烈な鉄面皮さ、倣岸さが必要であるように思われます。
むろん、中にはそれをやってのける日本人も居るのでしょう。
幸いな事に我々は、“ヒルトン”nihao_aq_jpクンというサンプルを通して、そういった歪んだ人生を見ることができます。
これは メッセージ 23786 (kee_tarou さん)への返信です.
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