北国野猿 様 1
投稿者: ichigotarutojp 投稿日時: 2005/02/06 08:05 投稿番号: [23658 / 66577]
おはようございます。
昨日書き込みしていたのに、お返事しなくて申し訳ありません。
昨日も食事に行ってきて弱いくせにワインを飲んでいたので、
ちゃんと考えて書けるか自信がなかったので
酔いが醒めるまで待って書いてます。
私が、前後の見境なく頭から湯気を立てて怒ってしまったので、
のさるさんも誤解されたかも知れませんが、
私は、中国の皆さんが天皇について批判したり、
否定的な見方をされる事を止めて頂きたいと思った事はないんです。
今更蒸し返すのは、のさるさんにとって苦痛になるかもしれませんが、
私はどうしても正確に伝えたい事があるので、書かせて下さい。
(長くなるから読むのが大変でしょうが)
のさるさん、貴方が気付かれているかわかりませんが、
実は私、このトピでも隣のトピでも戦争の事を中国の皆さんに
お詫びをした事は一度もありません。
(ワンさんが謝るの好きねっと冗談で言われた私がです)
それは何故か?
日本の戦時中の諸々の責任を否定しているからではありません。
謝罪していない私でも、小学生の時も、中学生の時も、
「日本人は中国やアジアの人々に酷い事をしたのだから、
お詫びしなくてはいけない。」
「償わなくてはならない」と固く・固く信じておりました。
それは私が長崎という被爆地に育ち、
かなりの時間をかけて戦争の悲惨さ・日本軍の罪・原爆の被害・・・
何よりも平和を希求する心・・・などを教育されたからです。
私は子供の頃から様々な書物を読んでいた為、
(当時の日本には、中国の皆さんが想像されるより多く
日本の戦争の罪についての本があったと思います)
自分の肉親が戦争で殺される事を想像してみました。
その大事な人を殺された無念さと悲しみと苦しみ。想像するのも恐ろしかった…
自分が日本人である事がとても苦しかった時期もありました…
どうやって償えばよいのか途方にくれた事もありました…
一体戦争とはなんなのか・・・まだ、子供だった私にはとてもとても重い問題でした。
それに(血の繋がりは無いですが)親戚の大伯父さんを原爆で亡くし、
後遺症に苦しむ大伯母があり、
(原爆の後遺症というのは、傍から見ていても、とても苦しいものです)
彼女に溺愛されていた子供時代の私は優しい大伯母を苦しめる原爆と戦争を、
そして何よりも戦争を起こした自分の国を呪ったのです。
しかし、変化があったのは高校生の時。
大きくなり理解力の増した私は周囲の大人に戦争当時の事を尋ねて回ります。
そして、私の肉親に出征した人間のいない事を知りました。
しかし、それだけでは謝罪の気持ちは消えなかった。
しかし、それから数年が経つにつれ、
「自分の生まれる前の事について(つまり自分の力でどうにもならない事を)
簡単に謝るのが果たして誠意か」という
考えが私の頭の中に発生しました。
日本には、自分の先祖の罪を子々孫々に亘ってお詫びを言う習慣はありません。
ひょっとしたら、自分の身内が誰かを殺していれば、
また考えがちがっていたのかもしれません。
しかし、一度浮かんだ考えで、私は、また数年苦しみました。
前とは違うタイプの苦しみですね。
「安易な謝罪を避けるというのは口実で、
単に罪からの精神的逃避ではないのか?」
「先祖が築き上げた日本の繁栄を享受するなら、
負の遺産も背負うべきではないのか?」
本当を言うと、まだ答えは見えていないのです。 まだ、悩んでいるのかも知れない。
ただ、「安易な謝罪だけは絶対にしてはいけない。
人の生き死にに関わる問題で中途半端な謝罪では恥ずかしくてできない」
という事と、
「平和を大事にしよう」「これ以上日本人に人を殺させてはならない」
「これ以上周辺の国の人達に苦しい・悲しい思いはさせられない」
これだけの事は、絶えず頭に残るようになりました。
昨日書き込みしていたのに、お返事しなくて申し訳ありません。
昨日も食事に行ってきて弱いくせにワインを飲んでいたので、
ちゃんと考えて書けるか自信がなかったので
酔いが醒めるまで待って書いてます。
私が、前後の見境なく頭から湯気を立てて怒ってしまったので、
のさるさんも誤解されたかも知れませんが、
私は、中国の皆さんが天皇について批判したり、
否定的な見方をされる事を止めて頂きたいと思った事はないんです。
今更蒸し返すのは、のさるさんにとって苦痛になるかもしれませんが、
私はどうしても正確に伝えたい事があるので、書かせて下さい。
(長くなるから読むのが大変でしょうが)
のさるさん、貴方が気付かれているかわかりませんが、
実は私、このトピでも隣のトピでも戦争の事を中国の皆さんに
お詫びをした事は一度もありません。
(ワンさんが謝るの好きねっと冗談で言われた私がです)
それは何故か?
日本の戦時中の諸々の責任を否定しているからではありません。
謝罪していない私でも、小学生の時も、中学生の時も、
「日本人は中国やアジアの人々に酷い事をしたのだから、
お詫びしなくてはいけない。」
「償わなくてはならない」と固く・固く信じておりました。
それは私が長崎という被爆地に育ち、
かなりの時間をかけて戦争の悲惨さ・日本軍の罪・原爆の被害・・・
何よりも平和を希求する心・・・などを教育されたからです。
私は子供の頃から様々な書物を読んでいた為、
(当時の日本には、中国の皆さんが想像されるより多く
日本の戦争の罪についての本があったと思います)
自分の肉親が戦争で殺される事を想像してみました。
その大事な人を殺された無念さと悲しみと苦しみ。想像するのも恐ろしかった…
自分が日本人である事がとても苦しかった時期もありました…
どうやって償えばよいのか途方にくれた事もありました…
一体戦争とはなんなのか・・・まだ、子供だった私にはとてもとても重い問題でした。
それに(血の繋がりは無いですが)親戚の大伯父さんを原爆で亡くし、
後遺症に苦しむ大伯母があり、
(原爆の後遺症というのは、傍から見ていても、とても苦しいものです)
彼女に溺愛されていた子供時代の私は優しい大伯母を苦しめる原爆と戦争を、
そして何よりも戦争を起こした自分の国を呪ったのです。
しかし、変化があったのは高校生の時。
大きくなり理解力の増した私は周囲の大人に戦争当時の事を尋ねて回ります。
そして、私の肉親に出征した人間のいない事を知りました。
しかし、それだけでは謝罪の気持ちは消えなかった。
しかし、それから数年が経つにつれ、
「自分の生まれる前の事について(つまり自分の力でどうにもならない事を)
簡単に謝るのが果たして誠意か」という
考えが私の頭の中に発生しました。
日本には、自分の先祖の罪を子々孫々に亘ってお詫びを言う習慣はありません。
ひょっとしたら、自分の身内が誰かを殺していれば、
また考えがちがっていたのかもしれません。
しかし、一度浮かんだ考えで、私は、また数年苦しみました。
前とは違うタイプの苦しみですね。
「安易な謝罪を避けるというのは口実で、
単に罪からの精神的逃避ではないのか?」
「先祖が築き上げた日本の繁栄を享受するなら、
負の遺産も背負うべきではないのか?」
本当を言うと、まだ答えは見えていないのです。 まだ、悩んでいるのかも知れない。
ただ、「安易な謝罪だけは絶対にしてはいけない。
人の生き死にに関わる問題で中途半端な謝罪では恥ずかしくてできない」
という事と、
「平和を大事にしよう」「これ以上日本人に人を殺させてはならない」
「これ以上周辺の国の人達に苦しい・悲しい思いはさせられない」
これだけの事は、絶えず頭に残るようになりました。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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