毎日新聞社説: 日本の対中姿勢
投稿者: bishamonten_2004 投稿日時: 2005/01/05 03:08 投稿番号: [20541 / 66577]
毎日新聞のようで・・・・・。
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<日本の対中姿勢 対立すべきときは対立を>
いまでも中国の人から頻繁に受ける質問がある。
「日本はどうして、過去の侵略戦争の歴史を謝罪しないのですか」
以前の私は、そのつど「ええと、日本の立場はですね」と懸命に説明した。最近は面倒なので、新聞の切り抜きを見せる。
95年8月16日の中国共産党機関紙「人民日報」の1面を取り出し、そこに書かれた「村山(富市)首相、中国人民に謝罪」という見出しを見せる。
「ほら、謝ってますよ」
そう言うと、中国の人は逆に反発する。「小泉純一郎首相は靖国神社を参拝した。尖閣諸島を返さない。それでは謝罪したことにならない」
靖国参拝を批判したい気持ちはわかるけれど、尖閣問題は戦争と関係がない。理屈ではなく、感情でものを言っているのだろう。
それでも、相手が60歳以上の方だったら、私はおとなしく話を聞く。戦争の時代を生きた人に、失礼な態度をとりたくないし、相手が感情的になるのも理解できるからだ。ただし、相手が私と同様、戦争を知らない世代だったら違う対応を示す。
「中国の言い分を何でも聞かないと、謝罪したことにならないのでしょうか。それが戦争を反省していることを意味するのでしょうか」と反論する。
戦後世代の私は自分が過去の戦争の責任を負っているとは思わない。自分のかかわっていない時代の責任までとることはできない。
しかし、過去の歴史は直視すべきだと考える。だからこそ、日本が二度と全体主義に逆戻りしないよう、民主主義をたくましいものに育てていく国民の一人でありたいと思う。
しかし、こちらの主張を理解してもらえることはまずない。たいてい「あなたは良心的ではない」と指弾される。
冒頭、説明が面倒くさいと書いたのは、あまりに長い間、同じ質問を繰り返されたからだ。それは終戦50年の「村山首相談話」が出た当時ですらそうだった。
あの年は、日本のさまざまな場所で「過去の歴史の総括」が行われた。しかし、日本と中国との関係は好転しなかった。それどころか、お互いの感情はどんどんこじれ、10年近くたってたどりついたのが、昨年の「サッカー反日ブーイング騒動」だった。
そうなった理由もはっきりしている。中国が日本の謝罪を謝罪として認めなかったからである。日本がいくら反省だ、総括だといっても、中国が受け入れない限り、事態は変わらないのである。
中国は当時、逆に「日本で軍国主義が復活している」という宣伝まで展開した。ただし、それは国際社会に広がらなかった。むしろ、中国が経済力をつけるにつれて「中国脅威論」が沸騰した。
たしかに戦後の60年だけで見るなら、中国の方がはるかに平和を脅かしてきた。懲罰と称してベトナムに侵攻したり、台湾の民主選挙を軍事演習で脅した。いまも民主化を求める知識人を弾圧している。国際社会が日本より中国を脅威と感じても不思議はない。
しかし、日中の間だけは別なのである。今も「戦争を反省しない加害者の日本と被害者の中国」という構図が、さまざまな問題におおいかぶさっている。
両国の政治家はいまだに、60年前の戦争をどう認識すべきかという議論を延々と続けている。まるで日本と中国の間にだけ、特殊な空間ができてしまったようにみえる。
そういう意味では日本は、60年たっても歴史の負の遺産を清算できなかったのかもしれない。かりに中国が謝罪を求めなくなるような状況を「清算」と想定していたのなら、日本はそれに失敗したことになる。
しかし、戦争という人の生死にかかわる問題は、簡単に片付かないと考えるなら、また別の景色も見えてくる。謝罪要求は終わらないのだと覚悟した上で、それに誠実に応え、しかも是々非々でつきあっていくという道もある。
是々非々でいくなら、中国から民主主義や平和に逆行する対応を求められた場合は、拒む必要があるし、注文もつけないといけない。そうすればきっと、摩擦はさらに増えるだろうが、それも仕方ないのではないだろうか。
日本は戦後60年、摩擦や対立を過度に恐れ、避けよう避けようと懸命になってきた。そろそろ、対立すべき時は対立し、その上でそれを乗り越えるための努力をする時期が来ているように思う。
【中国総局・上村幸治】
毎日新聞 2005年1月5日 0時43分
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<日本の対中姿勢 対立すべきときは対立を>
いまでも中国の人から頻繁に受ける質問がある。
「日本はどうして、過去の侵略戦争の歴史を謝罪しないのですか」
以前の私は、そのつど「ええと、日本の立場はですね」と懸命に説明した。最近は面倒なので、新聞の切り抜きを見せる。
95年8月16日の中国共産党機関紙「人民日報」の1面を取り出し、そこに書かれた「村山(富市)首相、中国人民に謝罪」という見出しを見せる。
「ほら、謝ってますよ」
そう言うと、中国の人は逆に反発する。「小泉純一郎首相は靖国神社を参拝した。尖閣諸島を返さない。それでは謝罪したことにならない」
靖国参拝を批判したい気持ちはわかるけれど、尖閣問題は戦争と関係がない。理屈ではなく、感情でものを言っているのだろう。
それでも、相手が60歳以上の方だったら、私はおとなしく話を聞く。戦争の時代を生きた人に、失礼な態度をとりたくないし、相手が感情的になるのも理解できるからだ。ただし、相手が私と同様、戦争を知らない世代だったら違う対応を示す。
「中国の言い分を何でも聞かないと、謝罪したことにならないのでしょうか。それが戦争を反省していることを意味するのでしょうか」と反論する。
戦後世代の私は自分が過去の戦争の責任を負っているとは思わない。自分のかかわっていない時代の責任までとることはできない。
しかし、過去の歴史は直視すべきだと考える。だからこそ、日本が二度と全体主義に逆戻りしないよう、民主主義をたくましいものに育てていく国民の一人でありたいと思う。
しかし、こちらの主張を理解してもらえることはまずない。たいてい「あなたは良心的ではない」と指弾される。
冒頭、説明が面倒くさいと書いたのは、あまりに長い間、同じ質問を繰り返されたからだ。それは終戦50年の「村山首相談話」が出た当時ですらそうだった。
あの年は、日本のさまざまな場所で「過去の歴史の総括」が行われた。しかし、日本と中国との関係は好転しなかった。それどころか、お互いの感情はどんどんこじれ、10年近くたってたどりついたのが、昨年の「サッカー反日ブーイング騒動」だった。
そうなった理由もはっきりしている。中国が日本の謝罪を謝罪として認めなかったからである。日本がいくら反省だ、総括だといっても、中国が受け入れない限り、事態は変わらないのである。
中国は当時、逆に「日本で軍国主義が復活している」という宣伝まで展開した。ただし、それは国際社会に広がらなかった。むしろ、中国が経済力をつけるにつれて「中国脅威論」が沸騰した。
たしかに戦後の60年だけで見るなら、中国の方がはるかに平和を脅かしてきた。懲罰と称してベトナムに侵攻したり、台湾の民主選挙を軍事演習で脅した。いまも民主化を求める知識人を弾圧している。国際社会が日本より中国を脅威と感じても不思議はない。
しかし、日中の間だけは別なのである。今も「戦争を反省しない加害者の日本と被害者の中国」という構図が、さまざまな問題におおいかぶさっている。
両国の政治家はいまだに、60年前の戦争をどう認識すべきかという議論を延々と続けている。まるで日本と中国の間にだけ、特殊な空間ができてしまったようにみえる。
そういう意味では日本は、60年たっても歴史の負の遺産を清算できなかったのかもしれない。かりに中国が謝罪を求めなくなるような状況を「清算」と想定していたのなら、日本はそれに失敗したことになる。
しかし、戦争という人の生死にかかわる問題は、簡単に片付かないと考えるなら、また別の景色も見えてくる。謝罪要求は終わらないのだと覚悟した上で、それに誠実に応え、しかも是々非々でつきあっていくという道もある。
是々非々でいくなら、中国から民主主義や平和に逆行する対応を求められた場合は、拒む必要があるし、注文もつけないといけない。そうすればきっと、摩擦はさらに増えるだろうが、それも仕方ないのではないだろうか。
日本は戦後60年、摩擦や対立を過度に恐れ、避けよう避けようと懸命になってきた。そろそろ、対立すべき時は対立し、その上でそれを乗り越えるための努力をする時期が来ているように思う。
【中国総局・上村幸治】
毎日新聞 2005年1月5日 0時43分
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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