>> >>チベット
投稿者: momotohanatobudou 投稿日時: 2004/12/11 20:40 投稿番号: [18070 / 66577]
>私は、事実しか言っていません。
事実まで無視したのは貴方でしょう?
さてと、チベットに関して、何が事実なのか・・・? 個々の事実? 大きな意味での事実?
>亡命政府が印度にあり、印度がチベットが中華人民共和国の一部と認めています。
貴公のこの文章と、「民族自決」はかけ離れた内容ではないか? 「民族自決」は「民族自治」では決してないよ。
また、>>チベット亡命政府が存在する現実をどのように説明し、<<<
>亡命政府が印度にあり、印度がチベットが中華人民共和国の一部と認めています。
これは、何の答えなのかね。インドが認めている亡命政府(認めていなければ追い出せばいい)、その亡命政府をインドは中華人民共和国と認めているのかね?
どういうことだい??? インドには、中華人民共和国の亡命政府があるということなのかね。
>チベット民族の多くは中華民族の一員として、法律を守って、法律に保障された上、幸せなように暮らしていますよ。
そうなら、亡命政府など必要ないし、人権問題にチベット民族のことがとりあげらることもないと思うが。亡命政府ができた理由はなぜだい?
http://www.tibethouse.jp/cta/index.html
1949年、中国の人民解放軍はチベットに侵攻して全国土を占領し始め、ついにはダライ・ラマ法王がインドへ逃れ、1959年3月に勃発したラサ蜂起が鎮圧されるに至った。ダライ・ラマ法王に続いて、約8万人ほどのチベット人が亡命し、インド、ネパール、ブータンに定住した。難民の流入は今も続いている。現在、難民の数は、亡命中に生まれた者を含めて合計13万人以上となっている。
1959年4月29日、ダライ・ラマ法王はインド北部の丘陵地ムスーリーにチベット亡命政府、つまり中央チベット行政府 Central Tibetan Administration(CTA)を新たに樹立した。1960年5月、亡命政府はダラムサラのガンチェン・キション Gangchen Kyishong(チベット語で「雪国の喜びの谷」の意)と呼ばれる地域に拠点を移した。
中略(長いから)
今日、真の政府として機能するCTAはあらゆる省を有し、自由な民主主義政府としての特性を持つ。ただし、チベットが自由になった時点で、権限は放棄される。「将来におけるチベットの政治形態の指針と憲法の基本要点」では、チベットが再び自由を取り戻した際、亡命政府をただちに解散するとダライ・ラマ法王によって明言されている。
事実まで無視したのは貴方でしょう?
さてと、チベットに関して、何が事実なのか・・・? 個々の事実? 大きな意味での事実?
>亡命政府が印度にあり、印度がチベットが中華人民共和国の一部と認めています。
貴公のこの文章と、「民族自決」はかけ離れた内容ではないか? 「民族自決」は「民族自治」では決してないよ。
また、>>チベット亡命政府が存在する現実をどのように説明し、<<<
>亡命政府が印度にあり、印度がチベットが中華人民共和国の一部と認めています。
これは、何の答えなのかね。インドが認めている亡命政府(認めていなければ追い出せばいい)、その亡命政府をインドは中華人民共和国と認めているのかね?
どういうことだい??? インドには、中華人民共和国の亡命政府があるということなのかね。
>チベット民族の多くは中華民族の一員として、法律を守って、法律に保障された上、幸せなように暮らしていますよ。
そうなら、亡命政府など必要ないし、人権問題にチベット民族のことがとりあげらることもないと思うが。亡命政府ができた理由はなぜだい?
http://www.tibethouse.jp/cta/index.html
1949年、中国の人民解放軍はチベットに侵攻して全国土を占領し始め、ついにはダライ・ラマ法王がインドへ逃れ、1959年3月に勃発したラサ蜂起が鎮圧されるに至った。ダライ・ラマ法王に続いて、約8万人ほどのチベット人が亡命し、インド、ネパール、ブータンに定住した。難民の流入は今も続いている。現在、難民の数は、亡命中に生まれた者を含めて合計13万人以上となっている。
1959年4月29日、ダライ・ラマ法王はインド北部の丘陵地ムスーリーにチベット亡命政府、つまり中央チベット行政府 Central Tibetan Administration(CTA)を新たに樹立した。1960年5月、亡命政府はダラムサラのガンチェン・キション Gangchen Kyishong(チベット語で「雪国の喜びの谷」の意)と呼ばれる地域に拠点を移した。
中略(長いから)
今日、真の政府として機能するCTAはあらゆる省を有し、自由な民主主義政府としての特性を持つ。ただし、チベットが自由になった時点で、権限は放棄される。「将来におけるチベットの政治形態の指針と憲法の基本要点」では、チベットが再び自由を取り戻した際、亡命政府をただちに解散するとダライ・ラマ法王によって明言されている。
これは メッセージ 18055 (panda168jp さん)への返信です.
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