>正しい歴史認識をしましょう(誤植訂正)
投稿者: lu_xun_1900 投稿日時: 2004/11/30 12:36 投稿番号: [16710 / 66577]
中国の歴史の教科書はめちゃくちゃです。めちゃくちゃ史実捏造教科書にだまされず、国際基準での正しい歴史認識が日中関係を語る出発点です。
「戦争は常に中国が起こしています」
・18世紀、清はチベットに侵入、以来不法占拠、弾圧虐殺と行い続けている。
・日清戦争は清の朝鮮への侵略に対する日本・朝鮮連合軍の防衛戦争で、清は完膚なきまで叩きのめされた。清の北洋艦隊は黄海海戦で5艦、逃げ込んだ威海衛で水雷攻撃を受け3艦を失い、壊滅、水師提督丁汝昌は服毒自殺した。下関講和会議で日本国へ台湾や遼東半島を差し出し、日本の許しを乞うたこと。
以後100年近く、中国に海軍など無かった。それに対し、日本海軍は日露戦争ではロシア艦隊を日本海海戦で殲滅、第2次大戦では、英国東洋艦隊を瞬時に殲滅、など、本格的海戦を実際に行い、勝ち抜いてきた世界トップの海軍であったこと。残念ながらミッドウエー海戦で米国には惨敗した。
しかし、今日、台湾海軍に追われ日本の領海侵犯まで犯して逃げ回り、世界の物笑いになった潜水艦の保有国とは、筋が違う。
・孫文の起こした辛亥革命は、日本の庇護のもと、日本を基点におこなわれた。
・日中戦争は、1937年7月7日、日中和平を嫌った中国共産党が盧溝橋で日本軍と国民政府軍が戦闘を行うように仕掛けた謀略により始まったこと。
・その直後の1937年7月29日に中国軍が日本居留民を虐殺した通州虐殺事件がおき、日中戦争拡大の大きな引き金となったこと。
・同1937年8月13日、中国軍による正規軍装の日本海軍中尉・大山勇夫狙撃殺害事件を発端とする第2次上海事変が起きた。
・とどれも、中国側が仕掛け、日本軍が応戦することになったもので、常に中国が加害者であったこと。
・37年末の国民政府首都南京の攻防は日本軍の降伏勧告を無視し、戦闘に突入しながら、一握りの軍幹部、政府幹部は、市民の保護安全も図らす、自分達だけ敵前逃亡したこと。幹部を失った中国兵は盗賊と化し、食料略奪、窃盗、強姦、虐殺の限りをおこなったこと。
・常に中国が仕掛けた戦争で、常に負け続けたのも中国。
加害者であるのに、臆面も無く現在では、被害者面をしている。日本は海戦でも陸戦でも中国などに負けたことは全くない。日本は米国に負けただけ。中国には一度も負けた訳ではないので、正確な認識が必要。
蒋介石は連合側の足手まといのお荷物。馬鹿にされてまともには相手をしてもらえなかった。金魚の糞みたいにくっついていただけ。
・日本は秩序を保って正々堂々と降伏しており、その敗戦処理は立派なものであった。
・毛沢東の抗日などというのは戦後の作り話で、現実は敗戦に続く敗戦で、山猿のように奥地を逃げ回っていたこと。
・毛沢東は国共内戦以降でも7000万人にのぼる中国人民を虐殺したこと。
毛沢東は、1957年2月27日、「49年から54年までの間に80万人を処刑した」と自ら述べています。(ザ・ワールド・アルマナック1975年版)。周恩来は、同年6月、全国人民代表大会報告で、1949年以来「反革命」の罪で逮捕された者のうち、16%にあたる83万人を処刑したと報告しています。また、42%が労働改造所(労改、強制収容所)に送られ、32%が監視下に置かれたと述べています。
毛沢東は、その後もさまざまな権力闘争や失政を続けましたが、丁抒らの研究によると、大躍進運動と文化大革命によって、2,000万人が死に追いやられたとされています。
「共産主義黒書」では、ジャン・ルイ・マルゴランが、ほぼ信頼できる数値として、内戦期を除いた犠牲者の数を、次のように総括的に提示しています。
# 体制によって暴力的に死に至らしめられた人
700万〜1,000万人(うち数十万人はチベット人)
#「反革命派」としてラーゲリに収容され、そこで死亡した人
約2,000万人
# 1959〜61年の「大躍進期」に餓死した人
2,000ないし4,300万人
・チベット、ウイグル、トルキスタン、内モンゴルなどの領土を不法占拠し続け、人民を弾圧・虐殺し、カシミール、ヴェトナム、ソ連などには越境侵略を試み、天安門では平気で自国民を虐殺したこと。
・天安門事件を隠蔽し、人民の注目を海外に向けさせるため、江沢民一派は日本の歴史教育、靖国問題をわめきだし、その結果、これらは捏造で、自分達こそ正しい歴史教育を受けることが必要であることがわかったこと。
史的事実からわかることは、第一加害者は常に中国であり、日本は正当防衛を行ったまでで、ボコボコにさた第一加害者が、臆面も無く被害者面をして、わめき散らしているのが現状。
正しい歴史認識をしましょう。
「戦争は常に中国が起こしています」
・18世紀、清はチベットに侵入、以来不法占拠、弾圧虐殺と行い続けている。
・日清戦争は清の朝鮮への侵略に対する日本・朝鮮連合軍の防衛戦争で、清は完膚なきまで叩きのめされた。清の北洋艦隊は黄海海戦で5艦、逃げ込んだ威海衛で水雷攻撃を受け3艦を失い、壊滅、水師提督丁汝昌は服毒自殺した。下関講和会議で日本国へ台湾や遼東半島を差し出し、日本の許しを乞うたこと。
以後100年近く、中国に海軍など無かった。それに対し、日本海軍は日露戦争ではロシア艦隊を日本海海戦で殲滅、第2次大戦では、英国東洋艦隊を瞬時に殲滅、など、本格的海戦を実際に行い、勝ち抜いてきた世界トップの海軍であったこと。残念ながらミッドウエー海戦で米国には惨敗した。
しかし、今日、台湾海軍に追われ日本の領海侵犯まで犯して逃げ回り、世界の物笑いになった潜水艦の保有国とは、筋が違う。
・孫文の起こした辛亥革命は、日本の庇護のもと、日本を基点におこなわれた。
・日中戦争は、1937年7月7日、日中和平を嫌った中国共産党が盧溝橋で日本軍と国民政府軍が戦闘を行うように仕掛けた謀略により始まったこと。
・その直後の1937年7月29日に中国軍が日本居留民を虐殺した通州虐殺事件がおき、日中戦争拡大の大きな引き金となったこと。
・同1937年8月13日、中国軍による正規軍装の日本海軍中尉・大山勇夫狙撃殺害事件を発端とする第2次上海事変が起きた。
・とどれも、中国側が仕掛け、日本軍が応戦することになったもので、常に中国が加害者であったこと。
・37年末の国民政府首都南京の攻防は日本軍の降伏勧告を無視し、戦闘に突入しながら、一握りの軍幹部、政府幹部は、市民の保護安全も図らす、自分達だけ敵前逃亡したこと。幹部を失った中国兵は盗賊と化し、食料略奪、窃盗、強姦、虐殺の限りをおこなったこと。
・常に中国が仕掛けた戦争で、常に負け続けたのも中国。
加害者であるのに、臆面も無く現在では、被害者面をしている。日本は海戦でも陸戦でも中国などに負けたことは全くない。日本は米国に負けただけ。中国には一度も負けた訳ではないので、正確な認識が必要。
蒋介石は連合側の足手まといのお荷物。馬鹿にされてまともには相手をしてもらえなかった。金魚の糞みたいにくっついていただけ。
・日本は秩序を保って正々堂々と降伏しており、その敗戦処理は立派なものであった。
・毛沢東の抗日などというのは戦後の作り話で、現実は敗戦に続く敗戦で、山猿のように奥地を逃げ回っていたこと。
・毛沢東は国共内戦以降でも7000万人にのぼる中国人民を虐殺したこと。
毛沢東は、1957年2月27日、「49年から54年までの間に80万人を処刑した」と自ら述べています。(ザ・ワールド・アルマナック1975年版)。周恩来は、同年6月、全国人民代表大会報告で、1949年以来「反革命」の罪で逮捕された者のうち、16%にあたる83万人を処刑したと報告しています。また、42%が労働改造所(労改、強制収容所)に送られ、32%が監視下に置かれたと述べています。
毛沢東は、その後もさまざまな権力闘争や失政を続けましたが、丁抒らの研究によると、大躍進運動と文化大革命によって、2,000万人が死に追いやられたとされています。
「共産主義黒書」では、ジャン・ルイ・マルゴランが、ほぼ信頼できる数値として、内戦期を除いた犠牲者の数を、次のように総括的に提示しています。
# 体制によって暴力的に死に至らしめられた人
700万〜1,000万人(うち数十万人はチベット人)
#「反革命派」としてラーゲリに収容され、そこで死亡した人
約2,000万人
# 1959〜61年の「大躍進期」に餓死した人
2,000ないし4,300万人
・チベット、ウイグル、トルキスタン、内モンゴルなどの領土を不法占拠し続け、人民を弾圧・虐殺し、カシミール、ヴェトナム、ソ連などには越境侵略を試み、天安門では平気で自国民を虐殺したこと。
・天安門事件を隠蔽し、人民の注目を海外に向けさせるため、江沢民一派は日本の歴史教育、靖国問題をわめきだし、その結果、これらは捏造で、自分達こそ正しい歴史教育を受けることが必要であることがわかったこと。
史的事実からわかることは、第一加害者は常に中国であり、日本は正当防衛を行ったまでで、ボコボコにさた第一加害者が、臆面も無く被害者面をして、わめき散らしているのが現状。
正しい歴史認識をしましょう。
これは メッセージ 16691 (lu_xun_1900 さん)への返信です.
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