>不安の心理は中日両国人共有り
投稿者: horse_224 投稿日時: 2003/10/24 19:59 投稿番号: [1570 / 66577]
>平和国家日本は、先ず日本人のためにあり、次に世界のためにもあるのだろう。<
この言葉は私にとっては2つの解釈が出来ます。
①日本は世界に脅威を与えないために、平和国家を維持する必要がある。
②日本が平和国家を維持することで、他国へ平和の有り難さを示せる。
①の場合
日本人の立場から言わせてもらえば、日本が進んで他国へ、軍事的な脅威を与えることなんて考えられない。 しかし、昔日本軍を迎えたことがある国ではそうは思わない。 そうなってくると、日本人は根底にそのような血を持っているかどうか? という問題になる。
どなたかが、東京裁判について話をされていましたが、その辺を徹底的に勉強してみるのも、もしかしたら日本に対する恐怖を取り去る一助となるかもしれません。 とにかく、自分がこれまで学んできたものを一度白紙に返してみるというのも必要なことだと思います。(日本が有罪無罪という話ではなく、物事を多方面から見てみるという意味で。)
②の場合
これは、そうあって欲しいですねえ。 しかし現実には、日本人は平和ボケ、お人よしなんて言われちゃいますし、ガンジーのようになるには、日本人はあまりにも人間臭いですし。 しかし、そうあってほしいです。
靖国のこと、(今更言わなくてもお解かりでしょうが)私は詳しい知識はありません。 関連ニュースを見るにつけ、「あっさり分祀にすれば良いのになあ。」とか「それにしても、中華人民共和国はしつこいなあ。」とか思っている程度です。
ちょっと踏み込めば、「戦争の被害者から見ればいたたまれないんだろうなあ。」とも思いますし、「戦争という特殊状態の中で、A級戦犯とされた人達は、本当に明確に個人の意思でA級戦犯とされるような行為を行ったのだろうか? そこには国を思うという気持ちは無かったのだろうか? もしあったのであれば、それに祈りを捧げる、国家主席や国民は糾弾されるべきなのだろうか? 彼らも戦争の犠牲者と言えないのだろうか? 彼ら一人一人が独裁者であったわけではあるまいに。。。」とこのような考えも浮かんできます。
文革も含めた混乱期に、多くの無実の人々を死に追いやった、毛沢東の写真が堂々と飾られているようなもの。 同じとは言えませんが、解釈は様々ということ。
そこから、「やはりもう一度歴史を正確に調べなおす必要がある。」となってくるわけで、そこに輪を掛けるように、(日本人から見れば)中華人民共和国や大韓民国などの歴史歪曲説などが浮かんでくるわけです。
私は、後ろ向きの議論は好きではないですし、歴史を精査するほどの知識も持ち合わせていないので、詳しく語ることは出来ませんが、未だに南京の死亡人数が膨れ上がったり、改めて日本軍が残したとされる傷跡がクローズアップされたりすれば、疑問を感じて調べたりする人がいても不思議は無いでしょう。 またそこから生まれる解釈は様々で、ここでの会話がやたらと平行線を辿ってしまう様に、結論を出すのは容易ではありません。
道は長いが、大事なことは人々が自由で平和で安定した生活を送れること。 そして国政を司る者がその責任を負うこと。
この言葉は私にとっては2つの解釈が出来ます。
①日本は世界に脅威を与えないために、平和国家を維持する必要がある。
②日本が平和国家を維持することで、他国へ平和の有り難さを示せる。
①の場合
日本人の立場から言わせてもらえば、日本が進んで他国へ、軍事的な脅威を与えることなんて考えられない。 しかし、昔日本軍を迎えたことがある国ではそうは思わない。 そうなってくると、日本人は根底にそのような血を持っているかどうか? という問題になる。
どなたかが、東京裁判について話をされていましたが、その辺を徹底的に勉強してみるのも、もしかしたら日本に対する恐怖を取り去る一助となるかもしれません。 とにかく、自分がこれまで学んできたものを一度白紙に返してみるというのも必要なことだと思います。(日本が有罪無罪という話ではなく、物事を多方面から見てみるという意味で。)
②の場合
これは、そうあって欲しいですねえ。 しかし現実には、日本人は平和ボケ、お人よしなんて言われちゃいますし、ガンジーのようになるには、日本人はあまりにも人間臭いですし。 しかし、そうあってほしいです。
靖国のこと、(今更言わなくてもお解かりでしょうが)私は詳しい知識はありません。 関連ニュースを見るにつけ、「あっさり分祀にすれば良いのになあ。」とか「それにしても、中華人民共和国はしつこいなあ。」とか思っている程度です。
ちょっと踏み込めば、「戦争の被害者から見ればいたたまれないんだろうなあ。」とも思いますし、「戦争という特殊状態の中で、A級戦犯とされた人達は、本当に明確に個人の意思でA級戦犯とされるような行為を行ったのだろうか? そこには国を思うという気持ちは無かったのだろうか? もしあったのであれば、それに祈りを捧げる、国家主席や国民は糾弾されるべきなのだろうか? 彼らも戦争の犠牲者と言えないのだろうか? 彼ら一人一人が独裁者であったわけではあるまいに。。。」とこのような考えも浮かんできます。
文革も含めた混乱期に、多くの無実の人々を死に追いやった、毛沢東の写真が堂々と飾られているようなもの。 同じとは言えませんが、解釈は様々ということ。
そこから、「やはりもう一度歴史を正確に調べなおす必要がある。」となってくるわけで、そこに輪を掛けるように、(日本人から見れば)中華人民共和国や大韓民国などの歴史歪曲説などが浮かんでくるわけです。
私は、後ろ向きの議論は好きではないですし、歴史を精査するほどの知識も持ち合わせていないので、詳しく語ることは出来ませんが、未だに南京の死亡人数が膨れ上がったり、改めて日本軍が残したとされる傷跡がクローズアップされたりすれば、疑問を感じて調べたりする人がいても不思議は無いでしょう。 またそこから生まれる解釈は様々で、ここでの会話がやたらと平行線を辿ってしまう様に、結論を出すのは容易ではありません。
道は長いが、大事なことは人々が自由で平和で安定した生活を送れること。 そして国政を司る者がその責任を負うこと。
これは メッセージ 1564 (wangjunhe720 さん)への返信です.
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