>monpaさんへ
投稿者: monpa60 投稿日時: 2004/11/13 14:01 投稿番号: [15204 / 66577]
>清も、明も、日本がちょんまげ結ってる時に、叩いておけばもっと簡単に「侵略」できたのに、何をやってたんですかね。琉球を叩いて、そこを足がかりに九州を侵略しても良かったろうに、残念でしたね。ある程度日本の軍備が育ってからでないと、「侵略」し甲斐がなかったのかな?まあ、面白い話ではあります。
日清戦争が対日侵略戦争であったことは先に説明した通りです。さらに日露戦争も同じ意味で対日侵略戦争です。問題になった地域はまたも朝鮮半島であり、さらに日清戦争で日本が割譲を受けた遼東半島です。
ロシアは清帝国から満州を奪い、その余勢を駆って朝鮮半島に侵略しようとしました。さらに遼東半島を日本が領有したことで、ロシアの領土であった満州と旅順港が分断されたため、ロシアは遼東半島の占領も企てたのです。遼東半島を占領して不凍港である旅順を自由に使えるようにしたあと、日本海と東シナ海の制海権を確保して、朝鮮半島を経由して日本帝国の占領を企てたわけです。
しかし、逆にロシアは旅順を日本に占領され極東艦隊が隠滅したため、バルチックから艦隊を呼び寄せているいるうちに敗北してしまったのです。ロシアが戦略を間違えて敗北したからといって、ロシアが対日侵略を企てた加害者であることに変わりはありません。これにより、日本はロシアの領土であった満州と南樺太を領有したわけです。
満州は日本が侵略した地域ではなく、清がロシアに侵略されて割譲した地域を日本が譲り受けたものです。日本帝国にとって満州は清や中華民国とは関係のない地域であったわけです。中華民国が当時の満州に利権を主張するのは根本的に誤っているということです。
このように日清戦争も日露戦争も清帝国やロシア帝国の意図とは完全に反対の結果になりましたが、両国が日本の加害者であり侵略者であった事実にいささかの違いもありません。
これは メッセージ 15197 (horse_224 さん)への返信です.
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