>>monpaさんへ
投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/11/12 15:54 投稿番号: [15110 / 66577]
>日本は清の再三の侵略の教訓から朝鮮内政に干渉しないように要求し清も受け入れていました。ところが1894年6月6日、清はこの協定を一方的に破り朝鮮半島に大軍を率いて侵入したのです。朝鮮は日本に支援を求め、清と日韓両軍は衝突することとなりました。<
清軍の派遣の真意が何であったにせよ、また、清の傘下に甘んずる事なくしては、国を保てないと判断していた朝鮮の人達がいたにせよ、清は軍を派遣するに先立ち、「上述の、清も受け入れていたという条約」に基き、日本政府に事前通告をしていますね。 で、日本も双方が軍を派遣できるという条件に基き、軍を派遣したわけですよね。
その後、日本が朝鮮から清軍追い出しの依頼を(苦労して)取り付けたらしいですが、朝鮮が日本を頼るべきか、清を頼るべきか迷っていたという事も、上記の事前通告も含めて、清の進軍にもそれなりの正当性を与えていると思います。
まあ、双方に双方の思い、または思い込みがあり、また朝鮮の中途半端な態度も相まって、開戦のやむなきに至ったわけですが、その結果日本は良くも悪くも、西欧列強にその存在を印象付け、また出る杭として、打たれる憂き目にも遭うわけですし、清は清で、これからの清海軍を背負って立つ筈の優秀な人材を、失ってしまうことになるわけですよね。
そして、方や内側から徐々に崩壊して、他国の干渉を受ける羽目になり、方や内側から崩壊することはなくても、南下してくる大国の脅威に「やむを得ず」採った対抗措置が、更なる相手の硬化を招き、開戦のやむなきに至る。
そして、その戦争の勝利が、自国を安んじると同時に、更なる列強の干渉を招くことになる。 今も昔も、列強の干渉を受けずに、我が道を歩むという事は、難しいようですね。
まあ、話し出すときりがありませんが、日清戦争が「日本に対する」侵略だという誤解が解けた(と私は思っている)ので、一先ず御礼申し上げます。 有難うございました。
清軍の派遣の真意が何であったにせよ、また、清の傘下に甘んずる事なくしては、国を保てないと判断していた朝鮮の人達がいたにせよ、清は軍を派遣するに先立ち、「上述の、清も受け入れていたという条約」に基き、日本政府に事前通告をしていますね。 で、日本も双方が軍を派遣できるという条件に基き、軍を派遣したわけですよね。
その後、日本が朝鮮から清軍追い出しの依頼を(苦労して)取り付けたらしいですが、朝鮮が日本を頼るべきか、清を頼るべきか迷っていたという事も、上記の事前通告も含めて、清の進軍にもそれなりの正当性を与えていると思います。
まあ、双方に双方の思い、または思い込みがあり、また朝鮮の中途半端な態度も相まって、開戦のやむなきに至ったわけですが、その結果日本は良くも悪くも、西欧列強にその存在を印象付け、また出る杭として、打たれる憂き目にも遭うわけですし、清は清で、これからの清海軍を背負って立つ筈の優秀な人材を、失ってしまうことになるわけですよね。
そして、方や内側から徐々に崩壊して、他国の干渉を受ける羽目になり、方や内側から崩壊することはなくても、南下してくる大国の脅威に「やむを得ず」採った対抗措置が、更なる相手の硬化を招き、開戦のやむなきに至る。
そして、その戦争の勝利が、自国を安んじると同時に、更なる列強の干渉を招くことになる。 今も昔も、列強の干渉を受けずに、我が道を歩むという事は、難しいようですね。
まあ、話し出すときりがありませんが、日清戦争が「日本に対する」侵略だという誤解が解けた(と私は思っている)ので、一先ず御礼申し上げます。 有難うございました。
これは メッセージ 15099 (monpa60 さん)への返信です.
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