>鑑真和尚の像
投稿者: tokumori_ciel 投稿日時: 2004/10/08 18:04 投稿番号: [13417 / 66577]
鑑真和上が建てられた唐招提寺は私の中学生時代の通学路でした
歴史の時間に鑑真和上が唐招提寺を建てる際に目が見えないので土を舐めてみると唐の清官戒壇の土と同じように甘かったので、ここに寺を建ることに決め、「甘土」と名付け現在の「尼ケ辻」になったと歴史の教師が言ってたのを今でも覚えてます
唐招提寺にある鑑真和上坐像は国宝ですね、唐招提寺境内は入ったことありますが鑑真和上坐像を見た記憶がない、そのころは女の子のことばかり追っかけてたからなぁ
今度、機会を見つけて唐招提寺に行ってみてきます
688年
唐の江陽県出身。
701年
鑑真が僧となり、修行をはじめる。
707年
鑑真が唐の長安で修行をつみ、名声が高まる、仏教の講義をはじめ、育てた弟子は4万人におよぶ。
733年
日本の僧の普照と栄叡が唐にわたる。
742年
鑑真が日本の僧の普照と栄叡に会い、日本に渡ることを決意する。唐は鑑真が国を出ることを禁止したため、密かに日本に向かう。日本に渡ろうとするが、海賊や暴風雨などにあい5回失敗する。
栄叡が苦労のためなくなる。鑑真は目が見えなくなる。
753年
苦労の末、6回目にして、鑑真が日本に渡る。
754年
東大寺ではじめて授戒を行う。
758年
孝謙天皇から大和上の位を与えられる。
759年
唐招提寺を建立
763年
死
去(76才)
これは メッセージ 13413 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
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