To:kitaguninosaru1さん その2
投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/09/30 13:38 投稿番号: [12691 / 66577]
その2です
>しかし、戦時で子供を殺した兵士は平時になれば、何の問題もなかったように平気で居られるのですか? <
野猿さん、もしあなたが兵士として戦時に子供を殺してしまったら
平時になってどうしますか?
それが答えです。
だだし、人間はいろいろです。
>特に被害者の遺族は犯罪の受刑を見れば、憎しみは消えてしまうのでしょうか? <
加害者の家族の方の立場から考えて見ましょう。
家族の一員が罪を犯し、死をもって償った。
被害者にとっては憎んでも憎み足りない犯罪者であっても、
その母、その妻、その子供たちにとってはかけがえのない人間
かも知れません。
そのかけがえのない人間が罪を犯し、死をもって償わねば
ならなかったということは、
どれだけの心の傷になることでしょうか?
それ以上、家族を苦しめることは必要なのでしょうか?
もちろん死をもって償ったからといって、被害者が蘇るわけではなく、
被害者の家族は癒されないでしょう。
それでも尚、許さざる得ないのではないでしょうか?
罪なきものを責め続けることは人の道に反していると思いませんか?
たとえ罪を犯した本人に対する憎しみは消えないにしてもです。
このことも本音と建前の二重基準に映るのかもしれませんが。
宗教観など
日本人の宗教観はあいまいで、良く言えば柔軟性があります。
神道や仏教はキリスト教・イスラム教と違い(唯一絶対)神の存在を信じることが
前提ではありません。
特に神道は自然崇拝のような原始宗教の要素があり、またギリシア神話のような
おおらかさを持っていると思います。
自然崇拝に近いということは、日本の自然を前提としているので国際性を持ちようがありません。日本および日本人限定というのは偏狭な民族主義というよりも
神道が本来的に持つ限界と言うべきでなのかもしれません。
日本は温暖湿潤な気候なので豊かな自然に恵まれ、さらに島国なので
他国との厳しい関係をあまり経験せずに長い歴史を刻んできました。
ですから、元々は警戒心が少なくのんびりとした国民性だと思います。
占領されると簡単に洗脳されてしまうのはこういう国民性だからかもしれませんね。
自国中心という非難もわかりますが、他国との関わりが少なかったのですから、
自国中心思考というよりは自国完結思考に慣れてしまっていると言ったほうが
適当かもしれません。
つまり他国との関係をあまり考えずに日本のなかだけで物事を考えてしまう
癖があるのではないでしょうか。
差別などという悪気は元々はないのです。
黒船の来航によって何の精神的準備無しに、
国際社会に参加せざるを得なくなりました。
そこは弱肉強食の世界でした。
何とか生き残るために欧米を必死に学んだのですが、そのなかには
帝国主義という今考えれば悪しき方策も含まれていました。
その後の歴史はご存知の通りです。
大東亜共栄圏は侵略の方便に過ぎないと今から過去を評価するのは
容易ですが、
当時の日本人は一流国の仲間入りを果たしたという驕りと
アジアを白人の手から開放してその盟主になるという幼稚なしかし
プライドをくすぐられる情熱があったのも事実のように思えます。
長い間中国は日本にとって圧倒的な存在だったのではないでしょうか。
それがにわかに世界の一流国に成り上がったことにより
無意識なコンプレックスがはじけて中国を馬鹿にする言動を
するようになったのかもしれません。
ちょうどバブル絶頂期にアメリカに対して優越感を持ったように。
>しかし、戦時で子供を殺した兵士は平時になれば、何の問題もなかったように平気で居られるのですか? <
野猿さん、もしあなたが兵士として戦時に子供を殺してしまったら
平時になってどうしますか?
それが答えです。
だだし、人間はいろいろです。
>特に被害者の遺族は犯罪の受刑を見れば、憎しみは消えてしまうのでしょうか? <
加害者の家族の方の立場から考えて見ましょう。
家族の一員が罪を犯し、死をもって償った。
被害者にとっては憎んでも憎み足りない犯罪者であっても、
その母、その妻、その子供たちにとってはかけがえのない人間
かも知れません。
そのかけがえのない人間が罪を犯し、死をもって償わねば
ならなかったということは、
どれだけの心の傷になることでしょうか?
それ以上、家族を苦しめることは必要なのでしょうか?
もちろん死をもって償ったからといって、被害者が蘇るわけではなく、
被害者の家族は癒されないでしょう。
それでも尚、許さざる得ないのではないでしょうか?
罪なきものを責め続けることは人の道に反していると思いませんか?
たとえ罪を犯した本人に対する憎しみは消えないにしてもです。
このことも本音と建前の二重基準に映るのかもしれませんが。
宗教観など
日本人の宗教観はあいまいで、良く言えば柔軟性があります。
神道や仏教はキリスト教・イスラム教と違い(唯一絶対)神の存在を信じることが
前提ではありません。
特に神道は自然崇拝のような原始宗教の要素があり、またギリシア神話のような
おおらかさを持っていると思います。
自然崇拝に近いということは、日本の自然を前提としているので国際性を持ちようがありません。日本および日本人限定というのは偏狭な民族主義というよりも
神道が本来的に持つ限界と言うべきでなのかもしれません。
日本は温暖湿潤な気候なので豊かな自然に恵まれ、さらに島国なので
他国との厳しい関係をあまり経験せずに長い歴史を刻んできました。
ですから、元々は警戒心が少なくのんびりとした国民性だと思います。
占領されると簡単に洗脳されてしまうのはこういう国民性だからかもしれませんね。
自国中心という非難もわかりますが、他国との関わりが少なかったのですから、
自国中心思考というよりは自国完結思考に慣れてしまっていると言ったほうが
適当かもしれません。
つまり他国との関係をあまり考えずに日本のなかだけで物事を考えてしまう
癖があるのではないでしょうか。
差別などという悪気は元々はないのです。
黒船の来航によって何の精神的準備無しに、
国際社会に参加せざるを得なくなりました。
そこは弱肉強食の世界でした。
何とか生き残るために欧米を必死に学んだのですが、そのなかには
帝国主義という今考えれば悪しき方策も含まれていました。
その後の歴史はご存知の通りです。
大東亜共栄圏は侵略の方便に過ぎないと今から過去を評価するのは
容易ですが、
当時の日本人は一流国の仲間入りを果たしたという驕りと
アジアを白人の手から開放してその盟主になるという幼稚なしかし
プライドをくすぐられる情熱があったのも事実のように思えます。
長い間中国は日本にとって圧倒的な存在だったのではないでしょうか。
それがにわかに世界の一流国に成り上がったことにより
無意識なコンプレックスがはじけて中国を馬鹿にする言動を
するようになったのかもしれません。
ちょうどバブル絶頂期にアメリカに対して優越感を持ったように。
これは メッセージ 12690 (koukiyumeno さん)への返信です.
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