阿倍仲麻呂の和歌・唐詩について
投稿者: natsumesouseki_hk 投稿日時: 2004/09/16 17:00 投稿番号: [10969 / 66577]
阿倍仲麻呂(朝衡) 三笠の山の歌
翹首望東天,
神馳奈良邊,
三笠山頂上,
想又皎月圓。
阿倍仲麻呂の履歴について
中務大輔船守の子。渡唐後は仲満と称し、のち朝衡(ちょうこう)と改めた。
霊亀三年(717)三月、第八次遣唐使の留学生として入唐(二十歳)。唐の太学に学び、科挙に合格、唐朝の諸官を歴任した。同行した真備・玄纊らは天平六年末、帰国の途につくが、仲麻呂は帰朝を許されず、その後も唐に留まった。天平勝宝五年(753)、遣唐大使藤原清河らと延光寺で鑑真に面会して渡日を依頼。その際自らも帰国を願って許されたが、日本へ向かった船は途中暴風に遭って難破、安南(ベトナム)に漂着し、再び唐に戻ることを余儀なくされた。のち、玄宗などに仕えて従三品の高位にまでのぼる。李白・王維ら文人と交流し、宝亀元年(770)、在唐五十四年、七十三歳にして唐の都長安に骨を埋めた。和歌は古今集の一首が伝わるのみである。
敬具
香港で出生した夏目漱石より
午後四時
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/10969.html