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こんな人も喜んで居ます。

投稿者: letgonip2009 投稿日時: 2010/12/13 14:21 投稿番号: [269 / 279]
この事件も「人民の海」に呑まれてしまうんだろうけど
風化はさせたくないなぁ。

>>>夢も足も奪った天安門   中国人民主活動家の方さん   2010年12月13日
  中国の獄中の民主活動家、劉暁波(リウ・シアオポー)氏のノーベル平和賞受賞でオスロに集まった在外の中国人民主活動家の中には、1989年の天安門事件の関係者が目立った。
  当時の学生リーダーらのほか、人民解放軍の戦車にひかれて両足を失い、車椅子で式典に参加した方政さん(44)もその一人だ。

  「隣にいた女学生を助けようと思った。無意識に体をぶつけ、かばった。足に激痛が走り、気を失った」。
  後方から速度をあげて学生たちの中に突っ込んできた戦車によって、北京体育学院の4年生だった方さんの体はなぎ倒された。
  当局は事件後、戦車にひかれたことを口外しないように求めてきた。
  方さんは異論を訴え、救ってあげた女学生に証言を求めた。
  ところが、彼女は事件そのものがなかったと主張した。
  「当局に脅されて、怖かったのだろう。理解するよ」

  運動選手の道は断たれ、中国南部の海南島で仲間と商売を始めたが、障害者スポーツの選手を目指すことにした。
  円盤投げで国内大会で優勝を重ね、国家代表選手として94年に北京であった国際大会に出場する権利を得た。
  しかし、当局は出場を認めなかった。
  「国際大会となると外国人記者が来る。足のことを聞かれ、天安門事件についての話題が出ては困る」という理由だった。
  方さんは取材は受けないと約束したが、当局は信用しなかった。

  「中国で国家が認めない選手に未来はない。試合に出られないからだ。中国政府は2度も、私の人生の夢をつぶした」。
  2008年の北京五輪を機に公安当局者の監視が強まった。
  自由な生活環境を求め、昨年2月、海外の支援組織の力で家族とともに米国に渡った。
  「劉氏は『天安門事件の被害者の魂はまだ慰められていない』と言った。その受賞を心から誇りに思う」
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