辜振甫の伯父さん(辜鴻銘)
投稿者: japancockroach 投稿日時: 2005/07/06 16:51 投稿番号: [9996 / 16409]
辜鴻銘は清朝末期から民国中期にかけての人で、エディンバラ大学を卒業し後に北京大学の総長となった。英文で『中国人の精神』を書き、通訳を務めた北清事変(義和団の乱)の講和会議では、イギリス人には英語、フランス人にはフランス語と列強各国の言葉をあやつって欧米人を驚かせたインテリである。北京をおとずれた芥川龍之介とは英語で会話しつつ、手は漢文を書いて芥川のヒアリングを助けたという。では西洋かぶれの人物かというと、民国の時代になっても頑として弁髪を切らなかった反動的な国粋主義者であった。
あるとき、道行く辜鴻銘の弁髪をつかんで「こんなもの、何の役にたつのかね」と、西洋人の男が嘲笑した。すると辜鴻銘は西洋人のネクタイを引っぱって「こんなもの、何の役にたつのかね」と男の母国語で切り返した。また、一夫多妻制度を化け物の文化と野蛮視する西洋人には、道端で女を拾って一夜を過ごし再び道端に捨てる西洋の男と、関係を持った女のめんどうを生涯見る東洋の男とどちらが人間的かと問いつめた。
「ひとつのポットに幾つかのカップがついているのをよく見かけるだろ。ところで君らは、ひとつのカップに幾つもポットがついているのを見たことがあるかね」
現在の結婚制度で、多妻の形式は法律に許可されません。然し、多くの男性は一生に難しく使用したコンドームの数字を計算できます。或いは、それは文明の墮落でした。
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