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台湾人の嫌日感情

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/04/03 00:13 投稿番号: [8392 / 16409]
蒋政権時代、日本政府が台湾を無視したことに、台湾人は反感を起こさなかったと思う。むしろ、蒋政権、いい気味だと思っていたようだ。わし自身がそうだった。

ところが蒋政権が死滅して李登輝が総統になったとき、日本政府は蒋政権時代よりも、もっともっと露骨にそっぽを向いた。「この通り、台湾なんぞ相手にしていません」と、中共の歓心を買おうとする態度が見え透いていた。

陳水扁が親日家だった時代があったかどうかは知らないが、謝長廷には純真な親日家だった時代があった。謝氏は「台湾の光復」という言葉に反撥して、「台湾の第二の淪陥」だと主張し、光復という言葉を決して使わなかった。また「抗戦の勝利」は台湾にとっては事実でないとして、「終戦」という言葉を使った。しかし蒋政権が死滅したのちも、日本は台湾にたいして徹底的にそっぽをむいたので、親日家であった謝長廷、江丙坤の心のうちに、日本への反感が芽生え、生長しつつある。

台湾人のなかに、日本を烈しく憎む年齢層があったようだ。彼らは今生きていたら、110歳ぐらいである。彼らは若い時代に、日本人として生きようと決心し、下級公務員とか、公学校の先生として、まじめに勤めたが、三十五歳ぐらいになって、自分の日本に寄せた熱情は、片思いにすぎなかったことを思い知らされた。内地人は本島人を歯牙にもかけないことが、二十歳ごろからわかっていたら、人生の進路を別の方面に選ぶことができたのだが、「本島人も日本人のうち」と公学校一年から教えられていた。気がついたときには、もう扶養すべき家庭があって、辞職の決心がつかず、不満なまま人生の働き盛りを、薄給と低い地位で浪費した年齢層である。

呉濁流氏は今生きていたら、百歳ぐらいだと思うが、彼の作品のなかに強烈な日本憎悪の感情が見える。しかし彼が日本人と談話するときの様子は、日本人を嫌っているようには見えなかった。日本を憎んで、日本人を憎まずというわけか。

ところで、内地人少年には兵役というおそろしいものが前途に待ち構えていた。彼らが来たるべき兵役をこわがっていたことはたしかだ。ことによると、彼らには、兵役のない本島人が、特権階級のように見えたかも知れないと思うが、単なる想像である。
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