野口英世は立身出世の代表ですか。
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2005/03/01 09:24 投稿番号: [7787 / 16409]
unhooさん:
野口博士が福島県より医者としてNew yorkのロックヘラー研究所でなかなか職が取れなかったそうです。やっととった彼はスピロヘーターの研究に没頭した。ここで白人の奥様とあって結婚したがうまくいかなかったそうです。忘れ様にと研究にぼっとうした。アフリカの黄熱病の研究に航海する途中メキシコのユカタン半島のメリダ医科大学で一年教授をしました。その教え子が1985年当時の学長となっていました。彼の部屋に入ると頭の上に野口博士の写真が100/50大で飾っていました。そして博士の記念集を見せてくれました。玄関に博士の胸像が東京町田市の玉川学園寄贈でたっていました。びっくりしました。学長秘書がその記念集を読んで改正あれば申してくれともうします。持ち帰りましたが自信がない仕事でした。というのは無地の親友にフランクリン・コーネル様がいました。科学者(化学)で昔野口博士の助手でした。私は細菌ですので再三討論したのですが一部始終を聞くと野口博士は行く末は日本に帰国してみたい気持ちが旺盛であったそうです。家庭の不和が一番の彼の頭痛であったそうです。アフリカに出るとき何か帰国はできないのではないかという機運も周囲にはあったそうです。自身覚悟していたかも知れないとの話です。研究対象が黄熱病ですから。
これは雑談ですが。
これは メッセージ 7757 (unhoo さん)への返信です.
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