>現金授受
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2004/12/17 01:45 投稿番号: [6637 / 16409]
>・・お金を渡したからといって、当該候補者に投票してくれる保障は本当にあるのでしょうかね?・・そんなに「信用第一」の社会であれば・・
あれは、もう、十年ぐらい前、李登輝総統の時代でしたか、私は台中市の郊外(北屯区)に住むお友達の家に滞在しておりました。田舎の感じがありました。
折から、選挙の時期だったのですが、近所の人がやって来て、あたかも書留郵便でも渡すかのようにお金を置いてゆきました。それ、つまり、投票のお願いでした。
その光景、陰でコソコソと云ったものではなく、あまりにもアッケラカーンだから驚きました。聞くに、選挙となれば何時でもそうであり、特別のことではない・・とのコト。
私は、もちろん、いろいろ聞きました。「Aから金を受け取っても、Bに投票すること、あるでしょう?」とも。そしたら、ムッとした表情になって言いました。「それはいけない。そんなことはしない。そんなことをしたら、人でなくなる。」と。
つまり、「裏切りもあるのでは・・」と聞かれたことは、人格を疑われたようなものだから、彼は気を悪くしたのです。
投票に絡んで買収したり、されたりが「いけないこと」と考えるのは日本の基準なのではないかと思いました。我々が常識と考える、そんな日本の潔癖な基準を振りかざして、あちらの選挙風土を悪く言っていいものか? 今でも考え込みます。
お友達の家には「おっかさん」がおり、日本教育を受けていて、昔を知っているからK党が大嫌い。K党には投票しないしK党のお金は受け取らない。さりとて、M党はお小遣いをくれない。
「おっかさん」が潔癖なのではないし、k党の金をもらって貰えない訳ではないけれど、K党に票を入れない「おっかさん」が金をもらったら、それは恥ずかしい。それこそ人格を疑われ、面子がなくなるでしょう。
あちらの人の感覚では、多分、お金はどんな金でも汚くないし、お金は何時でも何処でも万能で「OK」。でも、裏切りは人格に関わり、他者でも自分でも恥ずかしくて許せない。
そんな「信用第一」の社会であればこそ、お金は確実に効果があるし、だから、選挙の買収は根絶できないと思います。お金は一番正直。馬鹿にしてないし、軽く考えていない。ここ一番・・ドドーンと・・ね。解かりやすいこと。
あれは、もう、十年ぐらい前、李登輝総統の時代でしたか、私は台中市の郊外(北屯区)に住むお友達の家に滞在しておりました。田舎の感じがありました。
折から、選挙の時期だったのですが、近所の人がやって来て、あたかも書留郵便でも渡すかのようにお金を置いてゆきました。それ、つまり、投票のお願いでした。
その光景、陰でコソコソと云ったものではなく、あまりにもアッケラカーンだから驚きました。聞くに、選挙となれば何時でもそうであり、特別のことではない・・とのコト。
私は、もちろん、いろいろ聞きました。「Aから金を受け取っても、Bに投票すること、あるでしょう?」とも。そしたら、ムッとした表情になって言いました。「それはいけない。そんなことはしない。そんなことをしたら、人でなくなる。」と。
つまり、「裏切りもあるのでは・・」と聞かれたことは、人格を疑われたようなものだから、彼は気を悪くしたのです。
投票に絡んで買収したり、されたりが「いけないこと」と考えるのは日本の基準なのではないかと思いました。我々が常識と考える、そんな日本の潔癖な基準を振りかざして、あちらの選挙風土を悪く言っていいものか? 今でも考え込みます。
お友達の家には「おっかさん」がおり、日本教育を受けていて、昔を知っているからK党が大嫌い。K党には投票しないしK党のお金は受け取らない。さりとて、M党はお小遣いをくれない。
「おっかさん」が潔癖なのではないし、k党の金をもらって貰えない訳ではないけれど、K党に票を入れない「おっかさん」が金をもらったら、それは恥ずかしい。それこそ人格を疑われ、面子がなくなるでしょう。
あちらの人の感覚では、多分、お金はどんな金でも汚くないし、お金は何時でも何処でも万能で「OK」。でも、裏切りは人格に関わり、他者でも自分でも恥ずかしくて許せない。
そんな「信用第一」の社会であればこそ、お金は確実に効果があるし、だから、選挙の買収は根絶できないと思います。お金は一番正直。馬鹿にしてないし、軽く考えていない。ここ一番・・ドドーンと・・ね。解かりやすいこと。
これは メッセージ 6623 (mita_yuji さん)への返信です.
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