跳舞の時代
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/11/26 15:36 投稿番号: [6224 / 16409]
韓国にはパンソリがあり、西便制、東便制でその特徴が大きく異なりますが、両方とも、森羅万象ことごとくを歌にする、というシャーマニズム的なところが強く、その擬態語、擬声語などはもう凄いの一語。このパンソリが今のK-POPに影響しているのは、楽曲構成、メロディーライン、歌詞だけでなく、PVの見せ方にもあります。
これに非常にショックというか、感銘を受けたのが中島健治や都はるみ。
日本では演歌師や浪曲に相通じるモノがある、とも言われております。
ですから、K-POPは、構成がダイナミックだったり、見せ場の持って行き方が巧みだったりします。
で、台湾の流行歌を見た時に。。。メロディーラインがのんべんだらりん。ワビばかりでサビがない。。。歌詞がみな同じ。ボキャブラリーが貧しい。歌が下手。など。。。これは、台湾の若者もよく昔から言っていること。
(しかるに、台湾の演歌はそこそこに味があり歌もうまい人が多いんですよ)
「跳舞の時代」が台湾POPSの最盛期であり、音楽や文化が花開いた時期であったことは確かです。歌詞にも主張があり、言葉の吟味もそこそこしっかりしている。曲構成もきちんとしている、など。
その「跳舞の時代」で少し触れられているのですが、南管、北管。こうしたモノの影響が流行歌にどれだけあったのか、まろやかさん、Yabeさん、Mitaさんのご意見を伺いたいところ。。。
コアヒにしても、その当時のコアヒは今と違い、即興の妙もあり、何より豊かな内容のモノだったと聞きます(今のコアヒは様式化されすぎて、庶民文化から離れた方向にあるモノもある)。
こうした市井の音楽のベースに、日本や西欧の音楽を取り入れ、台湾POPSが完成したのでしょうか?
ただ、蒋介石政権以降、こうした台湾文化が抑圧され、(演歌などには受け継がれたが)、台湾POPS不遇の時代を迎え、今の、唄下手歌手の集まり、作詞作曲家の貧困とあいなるのか???
ここあたり、音楽にお詳しい、Yabeさん、まろやかさん、Mitaさんのご意見をぜひ。。。
ちなみに。。。
台湾の音楽番組で、「広東風」とか「韓風」、などと言う時があります。「韓流」ではなく、「韓風」。。。「和風」なんかと見ても、語呂がいいのでしょうが。。。
ぢゃあ、台湾は「台風」で、中国は「中風」かぁ?と言って、言葉の吟味が足りない、と怒鳴ったことがありますが。。。ま、若者には通じず。。。残念。
これに非常にショックというか、感銘を受けたのが中島健治や都はるみ。
日本では演歌師や浪曲に相通じるモノがある、とも言われております。
ですから、K-POPは、構成がダイナミックだったり、見せ場の持って行き方が巧みだったりします。
で、台湾の流行歌を見た時に。。。メロディーラインがのんべんだらりん。ワビばかりでサビがない。。。歌詞がみな同じ。ボキャブラリーが貧しい。歌が下手。など。。。これは、台湾の若者もよく昔から言っていること。
(しかるに、台湾の演歌はそこそこに味があり歌もうまい人が多いんですよ)
「跳舞の時代」が台湾POPSの最盛期であり、音楽や文化が花開いた時期であったことは確かです。歌詞にも主張があり、言葉の吟味もそこそこしっかりしている。曲構成もきちんとしている、など。
その「跳舞の時代」で少し触れられているのですが、南管、北管。こうしたモノの影響が流行歌にどれだけあったのか、まろやかさん、Yabeさん、Mitaさんのご意見を伺いたいところ。。。
コアヒにしても、その当時のコアヒは今と違い、即興の妙もあり、何より豊かな内容のモノだったと聞きます(今のコアヒは様式化されすぎて、庶民文化から離れた方向にあるモノもある)。
こうした市井の音楽のベースに、日本や西欧の音楽を取り入れ、台湾POPSが完成したのでしょうか?
ただ、蒋介石政権以降、こうした台湾文化が抑圧され、(演歌などには受け継がれたが)、台湾POPS不遇の時代を迎え、今の、唄下手歌手の集まり、作詞作曲家の貧困とあいなるのか???
ここあたり、音楽にお詳しい、Yabeさん、まろやかさん、Mitaさんのご意見をぜひ。。。
ちなみに。。。
台湾の音楽番組で、「広東風」とか「韓風」、などと言う時があります。「韓流」ではなく、「韓風」。。。「和風」なんかと見ても、語呂がいいのでしょうが。。。
ぢゃあ、台湾は「台風」で、中国は「中風」かぁ?と言って、言葉の吟味が足りない、と怒鳴ったことがありますが。。。ま、若者には通じず。。。残念。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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