>村上春樹の小説について
投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2004/11/17 10:10 投稿番号: [5985 / 16409]
>国立台湾大学中国語系の林文月教授は、源氏物語を中国語に翻訳したことがあります<
はい、林先生とは、面識がないけれど、学会でご発表した論文なら少し拝読しました。
『源氏』の中国語訳ですが、大陸では、豊子鎧の訳もありましたよね。豊氏の訳はほぼ古文体に徹していて、その上、作中の和歌を七言(二句)の漢詩、あるいは絶句体に訳した。
私は、それが日本古典の美を中国に親しませるのに役立つと思います。というのは、『源氏』の情緒(物のあはれ、雅、色好み)は、ある時点で漢詩のそれに通じるのではないかと思います。日本はこうだ中国はこうだ西洋はまた別にこうだ、という視点が必要だろうけど、その前に古代日本人の心を強く打つ作品だった以上、中国人にも西洋人にも分かってもらえる普遍的な美意識が備えているはずだと私は思います。
少なくとも豊氏は、漢詩句でその情緒をできる限り、再現してくれた。和歌を、漢詩と同じ地平に引き立てて、その柵を越えたところに我々が味わうことができた。この意味で私は評価したい。
現代であれ古代であれ、男、女、何かしらの「憑き物」に取憑かれて生きるのだろう。その魔力を秘めた憑き物の名前は、場合には政治だったり、場合には文学だったりする。紫式部の場合、それが痛切に「文学」を必要としたのだろう?
式部の「色好み」にも憑き物があったようですかね?最後の宇治十帖、仏教との関わりがあったよね?それは「色好み」(愛情)というものの憑き物だろうか。
いつの間にか、我々が「近代」という名の憑き物を頭に被り、五里霧中のまま暗闇の中を歩き始めた。源氏の、式部のそれは一体いつどこに落としたのだろうか?
近代小説はよく分かりませんので、省略します。
最近、島内景二氏の「源氏研究」が注目を浴びているようです。著作に『源氏物語の話型学』(ペリカン社刊)、『源氏物語と伊勢物語』(PHP新書)がある。後少し前の物になりますが、福井貞和氏のも良いかと思います。
以上、失礼しました。
はい、林先生とは、面識がないけれど、学会でご発表した論文なら少し拝読しました。
『源氏』の中国語訳ですが、大陸では、豊子鎧の訳もありましたよね。豊氏の訳はほぼ古文体に徹していて、その上、作中の和歌を七言(二句)の漢詩、あるいは絶句体に訳した。
私は、それが日本古典の美を中国に親しませるのに役立つと思います。というのは、『源氏』の情緒(物のあはれ、雅、色好み)は、ある時点で漢詩のそれに通じるのではないかと思います。日本はこうだ中国はこうだ西洋はまた別にこうだ、という視点が必要だろうけど、その前に古代日本人の心を強く打つ作品だった以上、中国人にも西洋人にも分かってもらえる普遍的な美意識が備えているはずだと私は思います。
少なくとも豊氏は、漢詩句でその情緒をできる限り、再現してくれた。和歌を、漢詩と同じ地平に引き立てて、その柵を越えたところに我々が味わうことができた。この意味で私は評価したい。
現代であれ古代であれ、男、女、何かしらの「憑き物」に取憑かれて生きるのだろう。その魔力を秘めた憑き物の名前は、場合には政治だったり、場合には文学だったりする。紫式部の場合、それが痛切に「文学」を必要としたのだろう?
式部の「色好み」にも憑き物があったようですかね?最後の宇治十帖、仏教との関わりがあったよね?それは「色好み」(愛情)というものの憑き物だろうか。
いつの間にか、我々が「近代」という名の憑き物を頭に被り、五里霧中のまま暗闇の中を歩き始めた。源氏の、式部のそれは一体いつどこに落としたのだろうか?
近代小説はよく分かりませんので、省略します。
最近、島内景二氏の「源氏研究」が注目を浴びているようです。著作に『源氏物語の話型学』(ペリカン社刊)、『源氏物語と伊勢物語』(PHP新書)がある。後少し前の物になりますが、福井貞和氏のも良いかと思います。
以上、失礼しました。
これは メッセージ 5977 (natsumesouseki_hk さん)への返信です.
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