明治期のラムネ
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/10/31 14:46 投稿番号: [5562 / 16409]
うちの祖母の実家では、ラムネの製造販売が早すぎたらしく、事業としてはラムネは失敗でした。
なんせ、当時(明治中期から末期ですから)、ラムネのビンがラムネ代より高く、また、珍しかったため、ラムネのビンが持ち去られたり、回収がうまくいかなかったことが多かったということで、採算割れだったそうです。
確かに、子どもの頃(昭和30年代)、ビン代込みでラムネやサイダーが販売され、呑み終わるとビン代を返してくれる、ということをしておりました(これは牛乳やビール、日本酒なんかも同じ)。これは、そうした明治のラムネ業界の失敗から学んだ教訓だったのでしょう。。。
その、塩パラリのサイダーなんですが、記憶があやふやなのですが、多分、戦後日本映画にもそうしたシーンがあったはずです。。。(カフェで女給さんというか、ウエートレスに向かってそんなことを言うような場面がありました)
ちなみに、塩パラ、これ、コーヒーでもあったらしく。。。まあ、砂糖を入れたコーヒーに、ひとつまみ、パラリ、なのだそうで。。。どーも、砂糖が高い時代の生活の知恵かな?とも。。。どーなんでしょ?
(昭和40年代に、戦後からずーっとコーヒー店をやっていた在日韓国人のじーさんに聞いたことがあります)
これは メッセージ 5561 (ni04jp さん)への返信です.
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