双十節総統演説
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/10/12 14:25 投稿番号: [5104 / 16409]
昨晩の台湾のTVニュースでは、陳総統の双十節での演説に対し、李登輝前総統がその誤りを指摘する、ということで、また、小物政治屋のあることないことのお話で盛り上がっておりました。
Horseさんの会議のご報告もありましたので、ここで簡単に整理しますと。。。
制憲会議での、李登輝前総統のアメリカ議会に向けたTV演説の後、身内に対しそれを補う形でのお話がありました(前述)。
そこで、李登輝前総統は、台湾の新憲法・新国名は、2007年に制定する、とゴールを示しております。
この2007年という年を簡単に整理しますと。。。
2007年までには、中共が台湾を吸収・併合するとゴタ民が宣言(台湾の媒体では2008年)。これについては、軍事侵攻もアリ、と見るべきです。
2007年中には、アメリカ軍のイージス艦11艘を日本海に配備、2008年には実戦配備終了。これは、北朝鮮と中共の軍備拡張、台湾海峡情勢を睨んだモノとなります。
2007年に、台湾の新憲法・新国名制定。
2008年、台湾総統選挙。
となるわけです。
こうしたロードマップから見て、2007年は、国際的(軍事情勢)にも、また、台湾国内では、翌8年の総統選を睨んだ、非常に重要な年となっているわけです。
ですから、特に、台湾の民主化の定着を行わねばならぬ2008年の総統選候補者を誰にするか、また、2008年以降の台湾の政治の将来的ビジョンなどを2007年中には決定し、それに向けて邁進しなければならない、ということになります。その意味でも、2007年中の新憲法・新国名の制定(翌8年実施)というのは、非常に重要なゴールであるわけです。
ところが、先日の双十節での陳総統の演説の中で、「92年の声明に基づいた中共との対話」が、中共に対し発せられたわけ。
(前述の)陳総統の新憲法制定二段階論、これは、台湾独立派から相当に厳しく批判されておりますし、対中共姿勢についても曖昧とした姿勢で、これもまた批判の対象となっております。
この92年の声明、つまり、1992年に上海で行われた、「辜・[シ王]会談」での声明には、台湾と中共の一中などの立場の違いが両論併記されており、共通認識などなかったわけです。ですから、92年時点に立ち返り、そこをスタート地点として中共と対話する、ということは、両国の立場の違いからスタートする対話?という不思議なモノの言い方なわけです。(両論併記という、全く共通認識に至らなかった会談だったわけで、「お互い立場が違いますよ」ということだけでなく、現在とは「一中」の概念が台湾では当時と変わってきているわけです。ですから、「新憲法・新国名の制定」に向けて動いているわけでして。。。)
これを注意したのが昨日の李登輝前総統で、「92年時点では台湾と中共との間には共通認識はなかった」として、陳総統の双十節での演説の誤りを指摘し、かつ、その曖昧な姿勢を批判した、ということです。
つまり、こうした曖昧な姿勢では、上述の2008年までのロードマップを遂行できないわけ。特に、「ポスト陳」が非常に重要なわけです(過去ログ参照)。そうした、台湾の民主主義定着という、政治的道標を理解していない陳総統の演説である、と批判されてもあれは致し方ない内容でした。
これに対し、TVでごたくを並べていた台湾の小物政治屋の言葉が面白い。爆笑モノ。
沈富雄は、「陳総統は演説で共識なんて言っていない」と李登輝前総統の発言に噛みつく。しかし、沈は、李登輝前総統の発言内容を全く理解していないただのバカ。
次に、民進党のスポークスマン、「92年には共識に達していなかったが、93年の。。。」。。。あんた、陳総統は演説の中で「92年」と言ったので「93年」とは言っていないだろ。。。バカか。。。
ま、台湾の政治屋はこの程度。
バカか、年末選挙での当落不明の輩ですから、売名行為か、理解不能の言い訳をするばかり。。。
政府は、「李登輝前総統の発言は尊重する」というモノ。
双十節の演説原稿をきちんとチェックしていなかった責任は政府にはあるでしょうが、それにしても、お粗末すぎる。。。
今後、民進党内部では、年末の選挙を控え、台聯との選挙戦の駆け引きから、さらに曖昧な発言、こうした2008年までの台湾民主化のロードマップ、台湾を取り巻く軍事情勢などを理解していない、また、故意に歪曲した発言が相次ぐことになると思われます。
Horseさんの会議のご報告もありましたので、ここで簡単に整理しますと。。。
制憲会議での、李登輝前総統のアメリカ議会に向けたTV演説の後、身内に対しそれを補う形でのお話がありました(前述)。
そこで、李登輝前総統は、台湾の新憲法・新国名は、2007年に制定する、とゴールを示しております。
この2007年という年を簡単に整理しますと。。。
2007年までには、中共が台湾を吸収・併合するとゴタ民が宣言(台湾の媒体では2008年)。これについては、軍事侵攻もアリ、と見るべきです。
2007年中には、アメリカ軍のイージス艦11艘を日本海に配備、2008年には実戦配備終了。これは、北朝鮮と中共の軍備拡張、台湾海峡情勢を睨んだモノとなります。
2007年に、台湾の新憲法・新国名制定。
2008年、台湾総統選挙。
となるわけです。
こうしたロードマップから見て、2007年は、国際的(軍事情勢)にも、また、台湾国内では、翌8年の総統選を睨んだ、非常に重要な年となっているわけです。
ですから、特に、台湾の民主化の定着を行わねばならぬ2008年の総統選候補者を誰にするか、また、2008年以降の台湾の政治の将来的ビジョンなどを2007年中には決定し、それに向けて邁進しなければならない、ということになります。その意味でも、2007年中の新憲法・新国名の制定(翌8年実施)というのは、非常に重要なゴールであるわけです。
ところが、先日の双十節での陳総統の演説の中で、「92年の声明に基づいた中共との対話」が、中共に対し発せられたわけ。
(前述の)陳総統の新憲法制定二段階論、これは、台湾独立派から相当に厳しく批判されておりますし、対中共姿勢についても曖昧とした姿勢で、これもまた批判の対象となっております。
この92年の声明、つまり、1992年に上海で行われた、「辜・[シ王]会談」での声明には、台湾と中共の一中などの立場の違いが両論併記されており、共通認識などなかったわけです。ですから、92年時点に立ち返り、そこをスタート地点として中共と対話する、ということは、両国の立場の違いからスタートする対話?という不思議なモノの言い方なわけです。(両論併記という、全く共通認識に至らなかった会談だったわけで、「お互い立場が違いますよ」ということだけでなく、現在とは「一中」の概念が台湾では当時と変わってきているわけです。ですから、「新憲法・新国名の制定」に向けて動いているわけでして。。。)
これを注意したのが昨日の李登輝前総統で、「92年時点では台湾と中共との間には共通認識はなかった」として、陳総統の双十節での演説の誤りを指摘し、かつ、その曖昧な姿勢を批判した、ということです。
つまり、こうした曖昧な姿勢では、上述の2008年までのロードマップを遂行できないわけ。特に、「ポスト陳」が非常に重要なわけです(過去ログ参照)。そうした、台湾の民主主義定着という、政治的道標を理解していない陳総統の演説である、と批判されてもあれは致し方ない内容でした。
これに対し、TVでごたくを並べていた台湾の小物政治屋の言葉が面白い。爆笑モノ。
沈富雄は、「陳総統は演説で共識なんて言っていない」と李登輝前総統の発言に噛みつく。しかし、沈は、李登輝前総統の発言内容を全く理解していないただのバカ。
次に、民進党のスポークスマン、「92年には共識に達していなかったが、93年の。。。」。。。あんた、陳総統は演説の中で「92年」と言ったので「93年」とは言っていないだろ。。。バカか。。。
ま、台湾の政治屋はこの程度。
バカか、年末選挙での当落不明の輩ですから、売名行為か、理解不能の言い訳をするばかり。。。
政府は、「李登輝前総統の発言は尊重する」というモノ。
双十節の演説原稿をきちんとチェックしていなかった責任は政府にはあるでしょうが、それにしても、お粗末すぎる。。。
今後、民進党内部では、年末の選挙を控え、台聯との選挙戦の駆け引きから、さらに曖昧な発言、こうした2008年までの台湾民主化のロードマップ、台湾を取り巻く軍事情勢などを理解していない、また、故意に歪曲した発言が相次ぐことになると思われます。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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