>「チャイナ・シャドー」
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/10/02 17:40 投稿番号: [4954 / 16409]
私がこの映画に強烈な記憶があるのは、この映画が公開された当時、新宿歌舞伎町あたりで、香港や○○と台湾や○○、それに、中共や○○、あと日本や○○、さらに韓国や○○、と、縄張り争いが激しくなってきた時期で、物騒な事件が相次いだ頃だから、です。
前にも書いてありますが、その頃、新宿で中国系の殺人事件があって、被害者(死者)の太ももに、ナイフで三本深々と線が引かれてあったというモノ。
警察も、これは、香港や○○と台湾か中共のや○○同士の抗争だろうと言っておりました(当時の日本のや○○は死体に傷は付けないのだそうです)。
で、歌舞伎町にいよいよ、香港や○○が進出か、なんて時代のことでしたので。。。
ちなみに、1970年代前半、というと、新宿駅東口の植え込みあたりでは、シンナーが、オロナミンCやリポビタンの瓶に入れられて売られおりました。暴走族やぶらぶらしている若者が買っておりましたね。
時代は下って1980年代後半となると、白い粉が、弁当のお醤油入れに使われている金魚の入れ物、あれに入れられて売られていました。で、薬を売るヤツらを、金魚売りと呼んでいました。。。
1980年代は、台湾や○○は怖い、なんせ、みな軍隊に入った経験があるから、拳銃の扱いになれていて、当たる、というので。。。
その後新宿に入ってきた、中共や香港のや○○は、台湾や○○より、もっと凶暴なので、驚いたということもありました。。。
台湾の某大手企業の連中が東京での研修が終わり、新宿に飲みに行ったら、ホステスが全員中共出身者で、説教から始まり、最後は喧嘩(台湾と中共の罵倒合戦だったそうです)になって帰ってきたという笑い話も前に書きましたが、そのホステス達の胴元は、蛇頭だったんでしょうねえ。。。裏を考えると、怖いお話です。
これは メッセージ 4913 (drindomitable さん)への返信です.
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